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竜王号の冒険

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 静かで、強く、そして悲しみと恐れに満ちた視線。
(オネエチャン……)
 イルフィは自分の耳を疑った。まさか、そんなはずは……。
(オネエチャン、コワイヨ……コワインダ)
 頭を振っても、その声は頭の中に張り付いて離れない。
 確かにそれは、ソーマの声だった。
「呼んでる……ソーマ君が、呼んでいる……」
「……なんだって?」
 竜王は雲海の高度を超え、ついにその上空へと出る。
 下界とはうってかわって、月と星の明かりに照らされた空は明るかった。
 眼下に広がる雲海の他には見える物は何もない。ただ、竜王だけが虚空の中に、静かにたたずんでいる。だが……。
 竜王の前方、二百メートル付近の空気がとつぜん、あたかも熱せられたかのごとく、大きな揺らぎをみせた。
「……なんだ?」
 リューガは身を乗り出して、前方に起きた異変を食い入るように見つめる。
 だが、イルフィには、その正体がわかっていた。
「ソーマ君よ。彼が、そこにいる」
「え?」
 その瞬間、揺らいでいた空気が大きくはじけるように四散し、こつぜんと、巨大な竜が姿を現した。
「……なんだあ、あの、巨大な竜は!?」
 リューガが驚嘆の声を上げる。百メートルにも達しようかという、金色の堂々たる巨体がそこに浮かんでいた。そして、その背から生えていたのは……。
「光輝く……翼……まさか、あれが……」
「神竜、だ」
 今まで黙ってブリッジの一角にたたずんでいたセリンがつぶやいた。
「古代人の伝承に語られた、世界を滅ぼした竜……あれが、その、神竜だ」
「あれが……神竜」
 神竜はゆうぜんと竜王を見下ろしてしばらくその場に浮かんだが、やがて、その大きな体を回転させると、どこかに向かって飛びさろうという構えを見せた。
(キテ……)
 再び、ソーマの声がイルフィの脳裏に響く。
 その声が、神竜が今にも飛びさろうとしている姿と重なり、イルフィは抵抗することのできない、大きな力が自分を誘っているような感覚に囚われた。
「リューガ、神竜を追って」
「お、おい、イルフィ!?」
「ごめん、自分でもおかしいことは判ってる。けど、なにか、大きな力があたしを導いている……そんな気がするの」
「………………」
 リューガはしばしためらう様子を見せたが、やおら伝声管を開けると大きな声で言った。
「竜核機関、めいっぱい出力をあげろ。これから本船は、神竜を追跡する!!」
『えぇっ!!』
 ダグーが素っ頓狂な声を上げた。
「なんだぁ、文句あるか!?」
『い、いえ、文句なんかないっす……機関、出力あげるっす!』
 竜核機関がうなりをあげ、竜王はゆっくりとすべるように前進を開始する。まるでそれも待っていたかのように、神竜が咆哮をあげて、彼らを導くかのように飛翔した。
「さぁて、神竜さんは俺たちをどこへ連れて行こうっていうのかねぇ」
 リューガが冗談めかしてうそぶくと、セリンがぼそり、とつぶやいた。
「おそらくは、竜の海の……世界の中心に」



第五章『神竜』

   1

 ……竜王は、あたかも神竜に導かれるように、竜の海の中心へと向かっていた。

 雲はじょじょに薄れ、切れ切れとなった雲海の下に、どこまでも広がる高層建築の遺跡群が見える。まるで、それまで隠していた物をすべて白日の下にさらそうととでもするように、嵐は確実にその勢力を弱めていた。
 竜の大群の出現、そして竜の海の嵐の終焉……世界には確かに大きな異変が起きつつある。竜王に乗る者は皆、そのことを強く感じていた。
 イルフィはブリッジの中を見わたす。リューガ、サバンス、そしてセリン……皆、深刻な面もちでその口を閉ざし、まなざしを神竜へと向けている。
 ここに来て、イルフィは強い後悔の念を感じていた。
 この先、一体何が彼らを待ちかまえているのか、そのことを知る者はいない。生きて再びケアズの港に帰り着けるのか、その保障はまったくないのである。いたずらに、クルーたちを死地に駆り立てる結果になってしまったとしたら……イルフィには、亡き父、テグ・ランディスの叱咤する顔が見えるようだった。
「もしかして、後悔しているのか?」
 イルフィの心中を見透かしたようにリューガが言う。
「だって、この先どうなるのか、まるで予想がつかないのよ。神竜だって、今はおとなしく飛んでるだけだけど、いつこちらに襲いかかってくるか判らないんだし」
「おいおい、少しは自分のクルーたを信じろよ」
 リューガは肩をすくめ、にやりと笑ってみせる。
「みんな、狩猟船に乗ると決めたその日から、猟から帰れないということもあるってことを覚悟しているんだ。そこがどこであろう、とね」
「だけど、これは猟じゃないわ。セリンさんと、あたしが望んだだけのこと……見返りもなにもないのに」
「見返り? おまえ、そんなもん望んでいるやつが、この船に乗っていると思ってたのか?」
 リューガがことさら高い声で笑ったのは、雰囲気を和らげようとする、彼なりの心遣いだったのかもしれない。
「報酬だの出世だの、そういうものを求める連中は、親方が死んだときにとっくに俺たちから離れてったじゃないか」
「………………」
「俺たちはみんな、おまえの元で働きたいからこの船に残ったんぜ」
「あたしの下で……?」
 真顔でうなずくリューガを見て、イルフィは気恥ずかしさを覚え、うつむいた。
「……ありがとう」
「よせよ、礼なんて言われたら、こそばゆくてかなわないからな」
 リューガもイルフィと同じように思ったのか、かすかに頬を上気させ、黙り込んでしまう。
 と、補助席に腰を降ろしていたセリンがふらりと立ち上がり、ブリッジを出ていく。
「セリンさん、どうかされましたか?」
 彼女をようすを気づかい、イルフィが声をかけると、セリンはおだやかな表情を浮かべて答えた。
「少し疲れが出たようだ。下の部屋で休ませてもらうぞ」
「あたしの部屋を使ってください。どうせしばらくは寝ているひまもなさそうですし」
「ありがとう、遠慮なく使わせていただこう」
 セリンが姿を消すのを見計らったように、リューガがわざとらしく、大きな咳払いをしてみせる。
「なによ、リューガ」
 リューガはなにかちゅうちょしていたようだったが、もう一度小さく咳払いすると、深刻な口調で切り出した。
「……多分、このことは今のうちに言っておかなきゃいけないことだろうから、話しておく」
「?」
「親方……おまえのオヤジさんな、実は……竜読みだったんだ」
「……父さんが、竜読み!?」
 イルフィは思わず吹き出した。
「リューガ、こんな時に何言ってるのよ? そりゃ確かに父さんは竜読みのようだって、言われてたけど」
「亡くなる間際のことだけど、親方から直接聞いたことがあるんだ。目には見えない竜の声が聞こえる、竜の心の中が見えるってな」
「そんな……父さんはきっと、リューガをからかってたんだよ。まだ、子供だと思って」
「俺もそう思ってたさ……だけど、あの最期の猟の時、はっきり判ったんだ」
「……どういうこと?」
 テグ・ランディスはその最期に、不可解な指示を出したという。
『リューガ、そのまま船の進路を保て。やつが……迎えにくる……』
 ……と。
「……迎えにくる?」
作品名:竜王号の冒険 作家名:かにす