竜王号の冒険
「ああ、全員そろってる!!」
「よかった、全員無事なのね!!」
リューガは、自分たちがなぜ格納庫の中に閉じこめられているのかを説明した。
彼らは数人ずつ分けられ、牢屋に閉じこめられていたのだが、竜の群れとの戦闘が始まってしばらくすると、全員この格納庫に連れてこられて、武装艇をつかって自分たちで脱出するよう言われたという。
イルフィがいないことを兵士に伝えると、連れてくるから待っているようにと言われたのだが、彼が格納庫を出ていった直後に襲った衝撃のせいで防護シャッターが閉まってしまい、そこから出られなくなってしまったのだ。
イルフィとリューガのやりとりを聞いていたセリンは、オルダスを壁にもたれさせてそっと降ろすと、イルフィを呼んだ。
「手伝ってくれ。このシャッターはこちら側からであれば、手動式のコックで開けることができるんだ」
「判りました……リューガ、ちょっと待ってて、今シャッターを開けるから」
セリンはシャッターのそばの床に設置された、落とし度式の小さなハッチを開ける。そこには、シャッターの開閉を司る空圧バルブが埋め込まれていた。二人は手を重ねてコックを握ると、力を込めてひねった。
空気が抜けていく音が響く。空圧を失ったシャッターは、いとも容易に開けることができた。
格納庫の中から、サバンスをはじめとした『竜王』のクルーが不安げにこちらをのぞき込んでいた。
「リューガ! みんな!!」
「船長、よかった! 無事でしたか!!」
イルフィの顔をみたクルーたちは、歓声を上げた。しかし、彼女の後ろにセリンたちがいることに気づいたリューガは、さっと表情を硬化させた。
「イルフィ、そいつらは……」
サバンスの言葉を聞いて、事態に気づいたクルーたちも、黙りこんで二人をねめつけた。
「……この艦隊の指揮官、セリン・カーランド少佐と、オルダス少尉よ」
「まさかおまえ、そいつらの人質になってるんじゃない?」
イルフィは、何も言わずにセリンとサバンスたちを引き合わせたことのうかつさに気づき、あわててフォローに入った。
「ち、違うのよリューガ、決してそういうんじゃ……」
「構わない、ランディス船長。彼らが私たちに警戒を抱くのは当然だ」
その時、再び爆発音が響いた。さきほどよりも、近い区画で爆発が生じたらしい。震動も激しくなっている。
「説明は後回しにしよう。今は一刻も早くこの艦を離れなければ危険だ」
「……そうですね。急ぎましょうか」
「ちょっとまった! 船長、そいつら連れてくつもりっすか!?」
ダグーが抗議の声を上げる。
「ええ、そのつもりよ」
「俺は反対っす! そいつら、俺たちを捕まえに来た連中っすよ。助けなきゃいけない義理なんか、ないっす!」
そうだ、そうだと唱和するクルーたち。イルフィが説得しようと口を開きかけたその時、リューガが彼らを一喝した。
「黙れ! 船長が決めたことだ、おとなしく従うんだ!」
「副長、そりゃないっすよ! 副長だって……」
「みたところ、この二人はギルド軍の幹部らしい。お偉いさんを助けておけば、後でいろいろこちらの役にも立つだろう」
「……なるほど、さすが副長、目のつけどころが違うっすね」
ダグーは納得したようにうなずいた。
「格納庫の奥に、武装艇が一機残っている。急いで脱出しよう。おい、ダグー、手を貸せ。そっちのケガしてる士官さんを運ぶぞ」
「了解っす!」
サバンスとダグーは意識を失ったままのオルダスを肩に担ぐと、格納庫の奥へと運んでいった。他のクルーたちがわらわらとその後に続く。
「……さあ、セリンさん、行きましょう」
セリンはイルフィにうながされると、黙ってうなずいた。
武装艇を使ってイルフィたちが脱出を果たした数分後、『アジ・ダカーハ』は大爆発を起こし、轟音とともに宙に四散してその最期をとげた。
地上は凄惨な状況をていしていた。
竜に撃墜された大小の武装船が遺跡の建築物の上に落下し、甚大な被害を与えていた。かしこで火がくすぶり、煙が上がっている。倒壊した建築物の近くへは危険で接近することもままならなかった。
軍の駐屯地も竜に襲撃を受け、完全に壊滅していた。テントの類は焼かれ、焼死体が
そこいら中に散乱している。地上に動くモノはまったく存在しなかった。竜たちの攻撃がいかに徹底していたかを、その光景は物語っていた。
奇跡的にも『竜王』は破壊されてはいなかった。
「幸いなことに、竜核機関そのものが破壊されたわけではないので、今夜中に修理ができそうだ。今、ダグーたちがかかりっきりで作業してくれている」
その夜、船の外に設営されたテントの中で、リューガはイルフィに報告した。
『竜王』が地面の上で傾いているために、船内にいると平衡感覚が狂って気分が悪くなるため、今夜はテントで過ごすことにしたのである。
「それはよかった……ケアズに帰れそうね」
「船の方は問題ない。ただ……あの竜たちが、無事に俺たちを帰してくれるかどうか」
「……それの方が問題ね」
今のところ、竜が再び襲ってくる気配はなかったが、ひとたび船を動かせば、何が起きるかまったく予断を許さない状況ではある。
リューガは、テントのすみでオルダスの世話をしているセリンに顔を向けて言った。
「カーランドさん、そろそろ隠し事はやめにしませんかね?」
セリンは顔を上げ、じっとサバンスの顔を見つめるが、何も答えようとはしない。
「軍の機密とか、ギルドの秘密とか、そりゃまあ、いろいろそちらさんの事情ってのもあるでしょうがね、今はそれどころじゃねえでしょうに」
「……セリンさん」
イルフィはセリンに歩み寄ると、彼女の横に腰を降ろした。
「あの船から脱出する時、おっしゃいましたよね? 『今は生き延びることが先決だ』って……たしかにあの船からは出られたけど、まだあたしたちは完全に助かったわけじゃない」
「………………」
「すべてを話してくれと、言うつもりはありません。ただ、このままあなたが何も話してくれないのであれば、あたしたちはあなたを信頼することはできない……疑いをもったまま一緒に行動して、助かるとお思いですか?」
「私は、艦隊と部下を全滅させてしまったのだ。この上、おめおめと生きて帰れると思うか?」
「それじゃあ、なんであの船から脱出したんですか? まだ生きて、何かをやらなければならないから、そうじゃないんですか?」
「………………」
イルフィは眠りつづけているオルダスの顔を見下ろした。
「それに、あなたには、まだ指揮をしなければいけない方が残っていらっしゃいます。あなたが責任を負わなければならない、捕虜の、あたしたちもいます」
セリンは、なにか信じがたいものを見るように、まじまじとイルフィの顔を見つめた。
「……そうだな。私にはまだ、負わねばならない責任が、残っているのだな」
セリンは一人うなずくと、いずまいを正して言った。
「……我々の艦隊を襲った、あの竜の群れ……あれは、ある人物に操られていたものだ」
「竜を、操る!?」
「そんな途方もない話は聞いたことがない。竜を操ることができるなんて」
リューガがあきれ声を発する。
「いや、可能なんだ……ある方法を使えば、な」