竜王号の冒険
「誰が攻撃しろと命じた! 全艦隊発砲中止し、後退しろ!!」
「だめです、竜の群れが急速接近! もう後退は間に合いません!!」
「………………!!」
はじめ、艦隊の攻撃は竜のそれを圧倒してるかに見えた。
群れのもっとも前方に位置して、艦隊の砲撃をまもとにくらった竜たちは、苦痛にのたうって、その場に立ち往生する。そこへ、後方から攻め寄せる新たな竜たちが突入していき、激しい混乱が生じる。
一個の巨大な生き物のようにうごめく竜の群れは、艦隊の砲撃の前に手をこまねいているかに思われた。だが……。
やがて、竜たちに変化が起きてくる。砲撃を受け傷ついた竜が、その刺激に反応して変異を始めたのである。
より凶暴化した変異竜たちが、砲撃をかいくぐって艦隊へと襲いかかる。各艦が変異竜への対処に追われ、弾幕がとだえたその瞬間を、竜たちは見逃さなかった。
砲撃の効かない至近距離へ飛び込まれた武装艦は、竜たちのブレスや体当たりにたちまち無力化されていく。
セリンは懸命に艦隊を再編しようとするが、すでに前衛の艦列は崩壊し、命令の実行が不可能な状況におちいっている。
ついに、『アジ・ダカーハ』の砲の死角にも竜が飛び込んできた。
「機銃、竜をこれ以上艦に近づけさせるな!」
ともすればパニックにおちいりそうなクルーを励ましながら、セリンは懸命に命令を発する。しかし、彼女の胸中は、もはや絶望に支配されつつあった。
そう、テルファスが行動を起こしたその時、すでに勝敗は決していたのかもしれない。いや、特異体の出現が不可避であった以上、こうなることは最初から決まっていたことなのかも知れない。
突然、ブリッジの真正面に巨竜が現れ、クルーたちの間から悲鳴が起きた。
「司令、危険です。脱出しませんと!」
脱出をうながすオルダスの腕を振り払い、セリンはうつろな複眼でブリッジをのぞき込む竜をねめつけた。
「おまえは、誰の味方をしているのか、知っているのか?」
届くはずのない声を、竜に向かって発する。
「おまえたちは……自らをも滅ぼそうというのか? それがおまえたちの選択なのか!?」
「司令、早く……!!」
竜がその口を開き、ブレス攻撃の態勢に移る。
セリンの脳裏に、遠い過去にみた光景がよみがえり……すべてが闇に閉ざされた。
3
どれほどの時間が経過したのだろうか。
イルフィが意識を取り戻したとき、窓の外はすでに暗闇に覆われていた。ゆっくりと明滅をくりかえす非常灯の明かりが、この船の機関部の健在を示していたが、物音は一切聞こえない。戦闘は終結したのだろうか?
船窓からのぞいた、凄惨な戦いの有様を思い出し、イルフィはあわててその記憶を振り払った。あんな戦いのこと、今は思い出したくもない。
痛む身体を無理矢理起こし、壁につかまって何とか立ち上がる。鋼板の床の上で長時間寝ていれば、体中が痛くなっても不思議ではない。
彼女は、独房のドアが半開きになっていることに気づく。そっとドアを開けて外の通路を見わたす。こげくさいモヤが立ちこめており、人影は見あたらない。
非常灯だけがともる薄暗い通路を、イルフィは手探りしながら慎重に進んでいく。
彼女の閉じこめられていた独房のあるこの区画には、他にもいくつかの独房や尋問室があった。
いずれのドアも開いており、中はすべて無人であった。おそらく、緊急時にはロックが解除されて、中の者が脱出できるような構造になっているのであろう。サバンスや他のクルーがこの区画に閉じこめられていたかどうかは不明だが、無事である可能性は高いと思われた。
独房の区画を抜けると、船体上部へ向かう階段のある短い通路に出た。ここはちょうど船底にあたる区画であることは、イルフィにも推測できる。
逮捕されたとき、彼女たちを乗せた武装艇が、この巨大な船の船底部のハッチから船内の離発着場へ入ったことを彼女は覚えていた。そこから独房まで、一度も階段を上がらずに独房まで連れて行かれたのだから、それは間違いがなかった。
この手の大型船の場合、救命艇は上甲板に係留されているのが普通である。このまま階段を上って上甲板に出れば、脱出する手だてが残されている可能性は高い。
しかし、これだけ船内が静かで、しかも人影が見あたらないところを見ると、どうやらほとんどの乗員が退去した後のようでもある。
もし救命艇が残されていなかったら、再びここまで戻ってこられる保障はない。今は安定しているようでも、この船はいつ沈むか判らないのだ。
行動の選択に悩んでいると、かすかな物音が聞こえた。人の声のようでもある。イルフィは耳をすます。どうやらその物音は通路の先から聞こえてくるようだ。もしかすると、誰か生存者が残っているのかも知れない。イルフィは通路の先へと進んだ。
短い通路をいくつか経由して先に進んだイルフィは、機関部の脇を抜ける狭い通路で人影を見つけた。
近づいてみると、それはあのセリンと名乗った女性士官だった。もう一人、士官服を着た人物が倒れている。どうやら彼女は、その人物を助け起こそうとしているらしい。
「オルダス……しっかりしろ、オルダス!」
倒れている士官に、セリンが呼びかけている。尋問の際に感じさせられた怜悧な印象はどこかへ消えている。取り乱した、普通の女性の姿がそこにあった。
イルフィは駆け寄るとセリンに言った。
「手伝います。早く船を脱出しましょう」
「君は……なぜ、君はまだ、ここにいるのだ?」
イルフィの姿を見てセリンは驚いたようだったが、すぐに冷静な表情を取り戻して問いかけてきた。
「兵に、君たちを優先させるよう命じておいたはずだが、なぜ、まだこの艦内に残っているのだ?」
「気づいたら、まだ独房の中にいました。ドアのロックが外れていたので、外に出ることができましたが」
「そうか……どうやら命令が徹底していなかったようだな。すまない」
低い爆発音が響き、船体が揺れた。どこかの区画で爆発が発生したらしい。
「そんなことよりも、急がないと危険です」
「あ、ああ……そうだな」
イルフィはセリンと共にオルダスと呼ばれた若い士官の両肩を担ぐと立ち上がった。彼女はその士官が、セリンの尋問を受けた際に独房から尋問室まで案内した人物であることに気づいた。
「この先に、武装艇の格納庫がある。おそらくまだ残っているものがあるはずだから、それを使って脱出しよう」
イルフィは無言でうなずくと、セリンに従って格納庫へと急いだ。
ようやくたどり着いた格納庫の入り口はしかし、防護シャッターで閉ざされていた。中からガンガンと、シャッターを叩く音がしている。
「なんだ? 誰か中にいるのか?」
セリンは首をかしげ、いぶかしげにつぶやいた。
と、シャッターを叩く音が止まり、今度は叫び声が聞こえた。
「くそっ、開けろ! 誰かいないのか!! このシャッターを開けろ!!」
「リューガ!」
イルフィは思わずシャッターに駆け寄り、呼びかけた。
「リューガ! 聞こえる? イルフィよ!」
「イルフィ!? 無事だったのか!!」
シャッターの向こうで、どっと歓声が起きた。
「もしかして、みんなそこにいるの?」