竜王号の冒険
彼はセリンからの命令で発進したギルド軍の艦隊とともに、旗艦『アジ・ダカーハ』に合流したのであった。
「よろしいのでしょうか、少佐」
「なにがだ?」
「あの娘……イルフィ・ランディスの言うことを信じてだいじょうぶでしょうか? 彼女がカムジン・カラブランに協力して、我々の行動をかく乱しようとしている可能性は……」
「おそらく、そんなことはまず、ありえないだろうな」
「ははぁ」
「カムジンは彼女たちのことを、カムフラージュのための道具としてしか考えていなかったはずだ。特異体をここまで輸送するためのな。両者の間に、同志としての関係が成立している可能性はきわめて低い」
セリンはしばし沈黙する。
「少佐……?」
「……そういう男なのだよ、カムジン・カラブランは」
オルダスはセリンの態度にかすかな疑問を抱いた。
いつ、いかなることにも、まったく感情をみせることなく冷静に対応するセリンが、カムジンについて語るときだけは、かすかにではあるが、感情をのぞかせることがある。
彼女は、カムジンについて、一体なにを知っているというのだろうか……?
「ともかく、彼女から話を聞いて確信できたことがある。特異体は間違いなく、カムジンの手の内にあるということだ。ことは緊急を要するぞ、オルダス」
「はっ」
ブリッジに入るなり、セリンは声高に言った。
「各隊、捜索状況を報告しろ!」
『一番隊、北三エリアの捜索を終了、目標発見できていません』
『二番隊、南第四エリアへ移動中、一切発見ありません』
『三番隊、東二エリアを捜索中、なにもありません』
『四番隊、西第六エリアでの捜索を開始。痕跡すら見つかっていません』
「遅い! 状況は一刻を争う。捜索を急げ!!」
「はいっ!!」
指揮官席へ腰を降ろし、オルダスに指示を出す。
「各隊に増員を出してくれ。それと上空待機の艦隊へ連絡、警戒を強化するよう伝えろ」
「了解しました」
オルダスは足早にブリッジを出ていった。
「司令!」
通信士が振り返り、セリンに報告する。
「専用回線に通信が入っています」
「どこからだ?」
「それが……テルファスと伝えてもらえればいいと」
「テルファス!?」
セリンの顔に、動揺の表情が浮かぶ。通信士はけげんそうに彼女の顔を見つめた。
「……判った。回線をまわせ。それと、発信源の逆探知を」
「はっ!」
セリンは震える指先でインカムをかぶる。彼女にとっては懐かしい、そして今もっとも恐れている声が、彼女に呼びかけてきた。
『ひさしぶりだね、セリン……いや、テアと呼ぼうか』
「兄さん……」
『僕をまだ、兄と呼んでくれるのかい?』
「兄さん……お願いです、もう止めてください。今さら彼らに復讐して、一体何になるというんですか?」
『おやおや、またその話かい? もう結論は出ているじゃないか』
「………………」
テルファスはセリンをあざけるかのように鼻を鳴らし、言葉をつづけた。
『もはや何をやっても無駄だよ。特異体はすでに覚醒し、僕の意のままに動いている。後は実行に移すだけさ』
「……彼らに今の力を与えたのは、私たちなんですよ、兄さん。過ちを犯したのは、彼らではありません、私たちなんです!」
『その通りさ、テア。だから、その過ちは僕ら自身の手で、修正されるべきなんだ。たとえ、その結果この世界が死滅しようとも、ね』
「そんなこと、許されると思っているんですか?」
『そういうおまえは、一体どこにいるんだい?』
「私は、兄さんを止めるために……」
『僕を止めるために、そこにいるのか? 僕らの世界を滅ぼし、世界の主としての座を奪い取った、そいつらの中にいるのか? 父さんと母さんを殺した、そいつらと共に僕を殺そうというのか!?』
「兄さん!!」
『お別れだよ、テア。僕はやつらを許さない。おまえがやつらと協力しようというのなら、おまえも僕の敵だ。やつらと共に、滅びるがいい……』
「兄さん……兄さん!!」
テルファスは通信を切ったらしい。いくら呼びかけても、返ってくるのは低いノイズの音だけだった。
インカムを外し、するどい叫びを発する。
「通信士、逆探知は!?」
「……だめです、発信源、特定不可能です」
「………………」
「上空の艦隊から入電……大変です、司令!東の方角に、竜の大群が出現したとの情報です!」
通信士が悲鳴のような声を上げると、ブリッジの中にざわめきが起きた。
セリンは声を張って、乗組員たちの動揺をおさえる。
「落ち着け!……全艦起動、総員、砲雷撃戦闘準備!」
艦内の照明が緊急灯に切り替わり、けたたましい警報が鳴り響く。
セリンは伝声管を開いた。
「オルダス、聞こえるか!」
『聞こえます、少佐』
「残念だが、どうやら間に合わなかったようだ……ブリッジへ戻れ」
『……了解しました』
「航海士! 船を上昇させて、上空の艦隊と合流する! 急げ!!」
竜核機関のうなりが高まり、『アジ・ダカーハ』はその巨体をゆっくりと上昇を開始する。にわかに緊迫感が増していくブリッジの中でセリンは一人、決意を固める。
おそらく、勝ち目は万に一つもありえないだろう。しかしそうだとしても、彼女は止めなければならないのだ。復讐の渇望にとりつかれた男、古代人の末裔……カムジン・カラブランを名乗る、我が兄、テルファスを……!!
雲海の上へ抜けると、艦隊はすでに陣形を整え、旗艦の合流を待っていた。
『アジ・ダカーハ』は整然と並ぶ艦隊の中央について、その巨体を静止させた。
ブリッジの中にどよめきが起きる。艦隊の左舷方向……東の空に、天を埋めつくかと思われるほどの竜の大群が遊弋していた。
「なんなんだ……あの、あの竜の数は!?」
指揮官席の背後に立つオルダスが、うろたえたようにつぶやく。
兵士たちの動揺は無理からぬことであった。竜が群れをなすなど、彼らにとっては前代未聞の事態なのである。ましてや。あれだけの数となれば……。
恐怖を感じているのは、指揮官であるセリンも同じであった。
むしろ、かつて同じ光景をその目で見、その身をもって体験した記憶を持つ者として、これから起こることを容易に想像しうるだけに、その恐怖感は他の者をしのいでいると言える。
しかし、だからこそ、彼女はここに踏みとどまらなければならなかった。
「全艦隊に通達、攻撃準備。全砲塔を持って、左舷方向の竜の群れをたたく」
「司令、竜の群れが接近してきます! 距離二五〇〇! まもなく有効射程に入ります」
「司令、攻撃命令を!」
「まだ間合いが遠い……十分ひきつけてから攻撃する」
無闇に攻撃を行い刺激を与えてしまっては、竜の変異を誘発するだけである。一頭一頭の竜を、一撃でしとめられるだけの距離に引きつけてから攻撃しなければ意味がない。せめて、八〇〇まで引き寄せなければ……。
「距離、二二〇〇に接近! 竜の数、なお増大中!!」
「まだだ、まだ攻撃するな……」
「距離、二〇〇〇!」
「………………」
その時、緊張感に耐えられなくなった一隻の武装船が主砲を発砲した。
つられて、周囲の艦艇も攻撃を開始する。
竜が咆哮をあげ、無秩序な戦闘が開始される。
セリンは事態を収拾しようと、あわてて叫んだ。