竜王号の冒険
右舷の方角から、船体の倍近くはあろうかという巨大な竜が急接近してくる。
「リューガ、回避して!!」
「くそうっ!!」
リューガは船体を急上昇させて巨竜の激突を交わそうとするが、間に合わなかった。
すさまじい衝撃を受け、『竜王』はまるで木の葉のように軽々とはじき飛ばされた。
「うわぁっ!!」
「きゃああぁっ!!」
船体が横転し、天地が逆さまになる。固定されていない備品の類が、天井に向かって落下した。
「やられて、たまるかよっ!!」
リューガは舵を切り、船体のバランスを立て直す。『竜王』は一回転して、天地を回復した。
だが、ほっとしたのもつかの間であった。竜核機関のうなりが落ち、船体が風にあおられ震え始めたのである。
「……しまった、今の衝撃で、機関部がやられたカ!!」
「えぇっ!?」
「だめだ、揚力が維持できない……墜落するぞ!!」
「……つ、墜落……!!」
イルフィは全身から血の気が引く音を聞いたような気がした。身体から一気に力が抜け、座席にぐったりともたれかかる。懸命の操船を続けるリューガの声がはるか遠くから聞こえてくるような気がした。
あたしは……ここで、死ぬんだ……。
『竜王』の船体が、雲海に沈んでゆく様を見つめながら、イルフィの意識は薄れていく。
その時、まっ白な光が、船体を包み込んだ。
いつか、どこかで感じたことのあるような、暖かく優しい光の彼方に、イルフィは何者かが自分をじっと見つめながら浮かんでいることに気づいた。
あれは、人……?
それとも、竜……?
それとも……。
「イルフィ……しっかりしろ、イルフィ」
誰かが肩を揺すっている。
イルフィは重いまぶたをそっと開く。薄くもやがかかったような、ぼんやりとした視界の中に、リューガが心配そうに彼女のことをのぞき込んでいるのが見える。
痛む背中をようやく伸ばした彼女は、自分が船長席のコンソールに突っ伏して気を失っていたことに気づいた。
「ここは……」
「竜の海の地表、カムジンの言ってた古代遺跡ってやつらしい。いつの間にか不時着していたらしいな」
「あたしたち、助かったの……?」
イルフィは外の様子をみようと、座席を立ち上がる。と、平衡感覚が揺らぐのを感じて危うく倒れそうになる。
「イルフィ!」
リューガに支えられ、彼女はバランスを回復した。自分の身体のせいではない。実際に、床が傾いているのだ。
おぼつかない足取りで、窓際に立つ。ブリッジの外には、見たこともない、異様な風景が広がっていた。
船の周囲を遠巻きにするようにして、上空の雲海まで届く高さの建築物が林立している。節くれ立った腕のように奇妙な形をしている建築物の狭い間に、いくつもの船の残骸が、引っかかっている。あるものは骨格だけを残し、またあるものは原型を留め、地上に落下するすれすれの状態でバランスを保ち、建築物に支えられ宙に浮いていた。(竜核機関が生きているせいもあるだろうが)
竜に襲われ、あるいは何らかのトラブルに見舞われた船は、雲海を突き抜けて地上に降りようとして、遺跡にひっかかってしまうのだ。
『竜王』が不時着したのは、ちょうど建築物が存在しない、公園のような場所だった。まともに地面に降りることができただけ、ましと言える。
あれだけいた竜の姿はどこにも見あたらない。空は重くたれ込める雲に覆われるばかりで、動くモノの影ひとつなかった。
「……風が、止んでいる?」
「ああ。竜の海で風が止むなんて、聞いたことがない」
「竜の姿も、見えないし……」
「静か過ぎる……気に入らんな」
イルフィは、船長席へ戻ると、身体を投げ出すように腰を降ろし、ブリッジの天井を見上げた。
「実はな、イルフィ……ソーマと、カラブラン氏が姿を消した」
「二人が、いない?」
「さっき¥船室に降りてみたら、サバンスが気を失って倒れていただけで、二人の姿はどこにも……」
リューガはなにか言いにくそうに口ごもる。
「……どうしたの?」
「なんと説明したらいいか……実際見てもらった方が早い。ちょっと来てくれ」
「……?」
リューガに誘われるまま、イルフィは船室に降りる。
食堂の後ろの区画が、クルーのための居住区になっている。サバンスや他のクルーが交代で使う寝棚のある大部屋がひとつと、船長室、それに今はカムジンが占有している貴賓用の個室の3つがあった。
サバンスはイルフィを、カムジンの個室へと連れて行った。
作りはイルフィの船長室とほぼ同じである。個室といっても狭いもので、床面積の半分は寝台で占められている。他には簡素なクローゼットとライティングデスクが置かれているだけだ。
その、ライティングデスクの上に、奇妙なものが置かれている。
大きめの書類フォルダーを開いたような形状の機械で、半分側には、まるでタイプライターのように、たくさんのキーがならんでいる。もう半分側は奇妙な光を放つ板のようなものがはめ込まれており、数字や記号、そして文字らしきモノが明滅している。
機械のかたわらに、写真の束があった。
イルフィはその束を手に取り、一枚一枚見ていった。
どこかの遺跡で撮影したらしい、石碑の写真。ギルドの偽装貨物船で見たものに似た、用途不明の奇妙な機械……。
と、束をめくる彼女の指がとまる。
「これって……」
見覚えのある顔が写された写真。濃紺の髪と、少しつり上がった漆黒の瞳が印象的なその顔は……たしかに、リューガのものであった。
「……なんで、カラブランさんが、リューガの写真を持っているわけ!?」
「うわっ!!」
「え! なになに!?」
奇声を発したのはリューガだった。クローゼットの中を調べようと開けたところ、中から何か大きなものが倒れかかってきたのだ。
リューガを巻き込んで床に崩れ落ちたそれを見て、イルフィは息を呑んだ。
「カラブランさん!?」
「なんだって、まさか……!?」
リューガは自分に覆い被さるように倒れているそれを、慎重に床におろした。
「……こりゃあ、カラブラン氏じゃないぞ、イルフィ」
「えぇ?」
「よくみろ。成功にできているが……これは人形だ」
「なんですって?」
確かに、リューガの言うとおり、精巧にできてはいるが、明らかにそれはカムジンをかたどって創られた人形だった。
そのとき、伝声管からダグーの声が聞こえた。
『副長、副長!!』
「ダグー、無事だったの!?」
『あ、船長……大丈夫っすか? 俺も、リコも無事っすよ。』
「よかった……」
「それでダグー、なにかあったのか?」
『大変っす、一大事っす』
「それじゃあ、わかんねえだろうが?」
『とにかく、甲板に上がってもらえれば判るっすよ!』
「判った、今そっちに向かうから、ちょっと待ってろ!」
甲板に出たとたん、イルフィはまばゆい光を頭上から受け、視界がかすむのを感じた。大型船特有の、重い竜核機関のうなる音が上空から響いてくる。
ダグーとリコが不安げに天を仰いでいる。ダグーの指先を追って空を見上げたイルフィとサバンスは、そこに浮かんでいるものを見て、絶句した。