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竜王号の冒険

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 パチパチと拍手の音が聞こえる。カムジンが手を叩きながら、二人の側に歩み寄った。
「いやぁ、いいもの見せて戴きました。さすが、テグ・ランディスの教えを受け継ぐ皆さんだ。見事なもんです」
「そ、そんなこと……」
 イルフィは頬を紅潮させ、うつむいてしまう。
 前回の無様な失敗があるだけに、カムジンの賛辞がことさら気恥ずかしく思えたのだ。
「ねぇ、ソーマ君、やったよ!」
 だからそう言ってソーマに声をかけたのは、彼と喜びを分かち合おうと言うよりも、むしろ照れ隠しであったのだが……。
「……どうしたの? ソーマ君」
 イルフィの顔から、すっと笑みが消える。ソーマは床にしゃがみ込み、胸を押さえ、荒い息をついていた。
 カムジンの口元に、かすかに邪な笑みが浮かぶ。しかし、ソーマに起きた異変に気をとられて、彼の表情の変化を見て取ったものはいない。
「おい、ボーズ、どうした? 大丈夫か?」
 異変に気づいたソーマがリューガに駆け寄る。サバンスもリューガの様子を案じてそちらの方に気を取られていたために、カムジンがブリッジからそっと抜け出したことに、誰も気づかなかった。
「……竜の、痛みが、胸に……」
 ソーマはようやく言うと、よろよろと立ち上がった。
「ソーマ君……」
「恐れと、憎しみと痛みが、伝わってきた……竜が息絶えるときの感覚って、こういうものなんだ……」
「………………」
 ソーマの表情は苦しみと不安に打ち震えている。
 どうやら、ソーマは自分の意志に関係なく、竜の意識を感じ取ってしまう能力があるらしい。
「……大丈夫だよ、ソーマ君。多分、君はまだ自分の能力をコントロールできないだけなんだよ」
「………………」
「……きっと、慣れてくれば、感じ取りたい竜の意識だけを選んで感じるようになれるよ」
 そう言いながら、彼女は自分の言葉を信じることはできなかった。
 『竜読み』の能力を持つ者自体、ほとんど存在しないのだ。『竜の声を聞き取る能力』があると言われているだけで、その実態など、彼女には知るよしもなかった。
 訓練すれば、竜の声や意識を選別して聞き取ることができるようになれるのか、彼女にはまったく確信がない。
 灯を吹き消すように、ブリッジから喜びのムードが消え去ってしまう。イルフィたちの表情に気づいたソーマは、まだ荒い息をつきながらも頬に笑みを浮かべて言った。
「ごめん……もう大丈夫だよ」
「ソーマ君……」
「まあ、とにかく休んでこい、ボーズ。おまえはよくやったよ」
「……ありがとう、リューガさん」
 ソーマがおぼつかない足取りでブリッジを出ようとしたとき、異変は起きた。
 重く、そして張りつめた空気が、イルフィにのしかかる。彼女は、外の風の音が、完全に途絶えてていることに気づいた。
「なに……この雰囲気は?」
「雰囲気……俺は何も感じないが?」
 リューガはイルフィの言葉を理解しかね、首をひねった。
「うあっ!!」
 突然、ソーマが頭を抱え込み、その場に倒れ込んだ。
「ソーマ君!? しっかりして、ソーマ君!!」
「来る……ものすごい数の、竜が、この船の周りに……みんな、怒りと憎しみで……」
 苦しみもだえながらも、ソーマは何かを懸命に伝えようとする。イルフィは彼の言葉を聞き取ろうと意識を集中するが、その語尾は、伝声管から響いたダグーの怯えきった絶叫にかき消されてしまった。
『竜だ! すげえ……ものすげえ数の竜が、船の周りに……!!』

   4

 大小さまざまな形の竜が、『竜王』を囲むようにして雲海の中から姿を現す。死んでいった仲間を弔うかのように、悲しげでおぞましい声を上げて、唱和する。
 通常、竜は他の個体との接触を嫌い、一頭だけで単独行動する。例の伝承が単なる神話だとする者の中には、神竜が他の竜を率いて世界を滅ぼしたという一節をあげて、それが現実にはありえない光景であるということを根拠にあげる者もいるほどである。
 むろん、イルフィをはじめ、他の誰もこのような光景を見たことはなかった。
「なに……なにが起きたっていうの!?」
「俺に聞くな!!……こんなこと、俺にも初めてだ!!」
「逃げるんだ……は、はやく……ここから……がはっ!!」
 ソーマがのたうちながら訴える
「ソーマ君、大丈夫? ねえ、ソーマ君、しっかりして!!」
「サバンス、悪いがボーズを船室に連れてってくれ。俺たちは今ブリッジを離れることはできないからな」
「か、かしこまりました!」
 どんなときでも冷静にして寡黙な表情を崩さないサバンスの顔が、恐怖と不安で打ち震えている。
「イルフィ、ボーズのことはサバンスに任せて、一刻も早くここから脱出ししないと!!」
「え、えぇ……そうね」
 サバンスに抱きかかえられ、ブリッジを出ていくソーマを心配そうに見送ると、イルフィは船長席へと戻った。
「とにかく、まずはあの竜を船から切り離そう」
「えっ!? 竜を放棄するっていうの?」
「あの巨体をくくりつけたままでは、船をまともに動かすこともできない。今はこの状況から逃げることだけを考えないと……」
「……判った」
 確かにリューガの言うとおりである。船長として初めて捕獲した竜を放棄するのは辛かったが、イルフィは意を決すると、伝声管でタグーとリコに、ワイヤーの切り離しを命じた。
 船体から離れた竜の死骸は、まだ生きている竜核の浮力で落下することなく、ふわふわと空中を漂っていく。首や尾が風にたなびき、さながらまだ生きているような錯覚を見ているものに与えた。
「本船はこれより全速で、この空域から離脱する。総員、衝撃に備えろ!」
 伝声管に向かって命令を発したリューガは、イルフィを見やり、低い声で言った。
「さあ、行くぞ、しっかりつかまってろ!」
 イルフィがハーネスで座席に身体を固定するのを見届けると、リューガは竜核機関の出力を最大にあげた。
 機関のうなりが高まり、『竜王』は一気に加速してゆく。小型艇に乗っている時のような加重力を、イルフィは全身に感じた。
 群れの包囲から離脱を図ろうとする『竜王』を見た一頭の巨大な翼竜が、あたかも群れ全体に指示を出すかのように咆哮をあげる。
 まるで、群れ全体がひとつの巨大な生き物のようになって、船を追いかけた。
『船長、りゅ、竜の群れが追ってきます!!』
 船体後部のアンカーフック台からその様を見たリコが、悲鳴のような声で報告する。
「リューガ、もっと速度を!!」
「やってるよ!!……ちくしょう、これがめいっぱいだ!!」
 いくら最新鋭とは言っても、狩猟船に望める速度には限界がある。猛り狂い、暴走した竜の群れはたちまちのうちに、『竜王』に追いついてきた。
『船長、追いつかれます!!』
「判ってる!! ぴーぴー叫ぶな!!」
『でも、副長』
 竜たちの発する、激しく耳障りな金切り声にかき消され、リコの声は聞こえなくなる。
 激しい衝撃が『竜王』の船体を襲った。
「なに!?」
「くそう、体当たりをかまして来たか……!!」
 続けて、二度、三度。衝撃を受けるたびに竜骨(ルビ:キール)が軋みをあげる。
「リューガ、なんとかできないの!?」
「まわり中竜だらけで、退路が見つからないんだ!!」
「……あぁっ!!」
作品名:竜王号の冒険 作家名:かにす