竜王号の冒険
「……気をつけて、あいつ、だいぶイライラしてるみたい」
ソーマが緊張感を高めると、一気にブリッジの中の空気が硬化する。
「しかけてくるつもりかな? 先制で攻撃した方が」
「間合いが近すぎる。ワイヤーフックを撃つにも、距離を取らないとな」
「でも、回避行動を取ろうとしたスキに襲われたらやばいでしょ?」
「閃光弾を使えばいいじゃないですか? やつが驚いている間に、こう距離をとって」
カムジンが会話に割ってはいる。リューガがきっと鋭い目で彼をにらんだ。
「カラブランさん、船の運航には口を出さんて約束でしたよね」
「あー、はいはい、すみませんねえ、そんな怖い顔してにらまなくても」
カムジンは肩をすくめて補助席へと戻る。
「……閃光弾って?」
「ギルド軍が信号用につかってるマグネシウム弾を改良したものですよ。発光時間は短いですが、強烈です。竜が目を回すには十分な威力があるはずです」
「ずいぶん便利そうなモノがあるんじゃない」
「近年だいぶ出回ってますからね、そう珍しいものでもありませんよ」
カムジンは楽しそうにくすくすと笑う。あんたたちが遅れているのだと、言わんばかりの表情だ。
イルフィは、人を小馬鹿にした彼の態度に不快感を覚える。文句を言おうかとも思うが、その考えを飲み込むと、ワイヤーフック台への伝声管を開いた。
ここは猟場だ。竜に全神経を集中させないと。
「ダグー、聞こえる? 閃光弾を準備」
『閃光弾っすか? ……ああ、これか。了解、準備します』
「リューガ、閃光弾の発射と同時に全速で九時方向へ離脱、竜から距離を取って」
「了解」
「ああ、閃光防御用のゴーグルかけないと、こっちの目が利かなくなりますよ。ゴーグルは各コンソールの……」
「判ってるわよ……全員、ゴーグルを着装」
いちいち口をはさみたがるのは、装備の自慢をしたいからだろうか。
イルフィはごそごそとコンソールを下をまさぐると、色つきのゴーグルを取り出す。潜水夫がつけるような、ずいぶんとごつい作りのゴーグルである。
『閃光弾、準備完了っす』
「合図とともに発射後、ただちに七号ワイヤーフックを装填、射出用意」
『了解っす』
「よし……撃てっ!」
だんっ、という重い音と共に、光の尾を引く閃光弾が吐き出される。
同時に『竜王』は一気に加速をかけ、竜から離脱した。
閃光弾が竜の胴体に直撃し、激しい光を放つ。竜は驚きと苦痛の叫びをあげる。
数秒間、空全体が昼間よりも明るい光に満たされる。しかしゴーグルをかけたイルフィたちには、柔らかいオレンジの光にしか見えない。
竜の声を聞き取ったソーマが叫ぶ。
「……竜が目を回したよ! 光のせいで、目が見えないんだ!」
「いいぞ! イルフィ、今だ!」
「ダグー、ワイヤーフック射出!」
『了解、射出しま……』
「まって! 竜の様子が!!」
「ワイヤーフック、射出やめ!」
『!!』
竜は翼を閉じ、きりもみしながら近くの雲塊へ飛び込み、身を隠してしまう。
リューガが緊迫した声を上げた。
「くそっ、視力の回復を待ってしかけてきやがるつもりだ!」
「ソーマ君、あいつの声は!?」
「だめ……聞こえない。心を閉ざして、気配を消している。けど、まだこの船の近くにいることは確かだよ!」
「みんな、注意して! 竜はどこから現れるか判らないわ!」
イルフィは、船の前方三面に開いたブリッジの窓を順番に見わたしながら、竜の姿を捜し求める。サバンス、ナファグ、そしてカムジンもそれにならう。
重苦しい沈黙を破ったのは、伝声管から響いたリコの声だった。
『船長、船尾の方向に、竜の影が!』
「くそっ、やっぱり背後に回ったか! ダグー、リコ、フックの準備!!」
『判りましたっ』
『オッケーっす!』
リューガは船を回答させると減速し、竜をやり過ごそうとする。だが、ソーマがリューガの操船を制止した。
「……いけないっ、あいつは後ろにいないよ!」
「なんだって!? 竜が船の後ろに回るのは、ブレス攻撃を……」
「船の真下だよ」
「真下!?」
ソーマは足下をじっと見つめてたたずんでいる。まるで船の床を透して、その先にいる何かを見つめているかのように。
「真下から……突き上げてくる。船を転覆させる気だ」
「だけどな、ボーズ、そんな行動を取る竜は今まで……」
「リューガ! 彼の言うことを聞いて!」
「……イルフィ」
「来るよ! 急いで逃げて!」
「リューガっ、三時方向へ急速回避!!」
「……ええぃっ!!」
なかばやけくそな表情で、リューガは船体に加速をかけ、急速回避を試みる。
次の瞬間、左舷側の、つい今まで船がいた位置の下方の雲海から、こつ然と竜が出現した。
「……当たった!!」
リューガが感嘆の叫びを発する。
「ダグー、リコ、ワイヤーフック発射!!」
四本のワイヤーフックが風を切って竜の胴体へ命中する。竜は苦痛に身をよじらせて、ワイヤーを引きちぎろうと暴れ出す。
「揺れるわよ、ソーマ君、あたしの椅子につかまって!」
「うん!!」
ワイヤーのしなりが直接震動となって、船体を襲う。激しく揺れるなか、リューガは機関の出力をあげ、船を安定させようと懸命の操船を行う。
「ダグー、リコ。ワイヤーを巻き上げて!!」
『了解!!』
ウィンチがうなりをあげ、伸びきっていたワイヤーを力強く巻き上げていく。船体がみりみりと軋みを発する。
『竜王』に引き寄せられ、徐々に行動の自由を奪われつつある竜は、それでも必死の抵抗を試み、暴れることをやめようとはしなかった。
「ラ、ランディス船長、と、と、とどめようのランサーフックをううう打ち込んでくだ……あっ!!」
カムジンは席から放り出されまいとしがみついていたが、大きな震動に耐えきれず床に放り出された。
「ダグー、ランサーを竜に打ち込んで!」
『判ったっす!』
ワイヤーフックの先頭部だけを大きくしたようなランサーフックが射出され、竜の胴体に深くめり込んだ。
竜は断末魔の叫びをあげると、最期に一回、大きく身体をよじらせ、そのままぐったりと動かなくなった。
「やった……か!?」
……竜が再び動き出すのを警戒したイルフィたちは、しばし様子を見守るために沈黙する。
「つつつ……」
静寂を破ったのは、カムジンの間の抜けた声だった。
席から転落した拍子にしたたか打ちつけた腰をさすりながら立ち上がると、左舷側の窓へと歩み寄り、竜の様子をみる。
「もう、ぴくりとも動きませんよ。どうやら仕留めたみたいですねぇ」
リューガが窓際に駆け寄り、確認する。
「……やったぞ!」
その声がせきを切ったかのように、伝声管を通じて船内からいっせいに歓声が上がる。
最後まで状況を飲み込めなかったのはイルフィだった。何が起きたのか要領を得ないように、きょろきょろと周りを見回している。
「イルフィ、喜べ! 船長としての、おまえの初戦果だ!!」
リューガが右手を掲げて彼女に歩み寄る。
ようやく、竜を討ち取ったことを納得したイルフィは、満面の笑みを浮かべながら、かつてテグが猟に成功するたびにやっていたように彼の手にハイ・タッチした。