小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

竜王号の冒険

INDEX|17ページ/36ページ|

次のページ前のページ
 

 出資者とは言え、カムジンは事情を知らない部外者だ。ギルドに反感を抱いてはいても、イルフィには好んでギルドとの間にトラブルを起こそうという気もなかった。
 カムジンは怪訝そうな表情を浮かべたが、イルフィがそれ以上何も言おうとしないので、説明を続けた。
「古代文字の解析はいまだ完了していないので、前後する図柄などから判断せざるをえないのですが、この図は明らかに、竜が作られる過程を描いたものです」
 卵形の機械を指さす。
「この卵形の装置に似た遺物を、僕はいくつかの遺跡で発見しました。いずれも破壊され、完全なかたちではありませんでしたが、いずれにせよ、この絵が想像の産物ではないことだけは、確かでしょう」
 カムジンの言葉には何の根拠もない。本当に彼の言う遺物があるのかどうか、それを知るのは彼本人だけなのだ。
 ……だが、イルフィは彼の言葉を信じざるをえなかった。彼女は見ているのである。その巻物に描かれた、卵形の機械を。
 イルフィは、リューガとダグーの顔を見くらべる。二人とも彼女と同じ思いを抱いているのであろうか……重苦しい表情を浮かべたまま沈黙している。
 一人離れて部屋の隅に座っているリューガは、相変わらず話が理解できないといった風情である。
 カムジンは巻物をていねいに巻き戻し、テーブルのすみへと押しやった。
「これだけの証拠で竜が人工的に作り出されていると判断するのは早計と思われるかもしれませんね。ですが、それ以外に竜が発生し続けている理由を説明できないのも事実です。いずれにしても、竜の海の遺跡を調査する意義は十分にあると思います」
「あのぉ、質問してもいいですか?」
 それまで末席でおとなしく話を聞いていたリコが、まるで教場で教えを乞う生徒のように手をあげて言った。
「なんでしょう?」
「竜が今も作られているとして、一体誰が作っているんでしょうか? まさか、古代人の生き残りがいて……」
「さあ、なんとも言えませんね」
 カムジンは肩をすくめてみせる。
「古代人が、無人で動く機械を使っていた形跡は各所に残されていますが、問題の遺跡が無人で動くものかどうかは判りません。あなたがおっしゃるように、古代人たちが今も生きていて、装置を動かしている可能性も十分あります」
「そ、そうなんですか……」
「とまれ、すべては実際に行ってみて確認するしかありません。例え、何一つ発見らしい発見ができなかったとしても、今まで誰も試みようとはしなかった『怒りの暗礁』の遺跡を探索するのですから、これは学術的にきわめて貴重な……」
 その後も、カムジンの演説は延々と続いたのだが、イルフィはその内容をよく覚えていない。
 新たに浮かんできた疑問が頭の中にいっぱいとなって、彼の言葉に注意を払う余裕がなかったからである。
 ……もし、あの船の中でみた機械がカムジンの言うように、竜を『製造』する装置だったとすれば、ギルドがそのことを知っている可能性はきわめて高いことになる。
 だが、ギルドがそのような情報を公表したという事実はない。好意的に解釈すれば、ギルド側もつい最近その事実を知り、ようやく調査の手をのばした矢先であったとも考えられるが、果たしてどれだけ信頼できるものであろうか?
 ……それに、あの卵は空になっていた。『中身』は一体どこに行ってしまったのだろう? あの卵が置かれていた倉庫の扉以外に、船内に内側から破壊された形跡はどこにも見あたらなかったし、なによりイルフィたち自身、船の中で竜に遭遇することはなかった。
 もしかすると、あの中身は竜ではなかったのであろうか?
 だとすると、一体……?

「お嬢様……お嬢様」
 考え事にふけっていたイルフィは、サバンスの声でようやく我に返った。
 その夜、イルフィは夜間当直をしていた。乗組員の少ない小型船では、船長といえども当直に立つのが当たり前であった。唯一、カムジンだけは出資者という立場上、そうした雑務から無縁であるのだが。
「……あ、サバンス。どうしたの?」
「当直交代の時間でございます、お嬢様」
「え、もうそんな時間?」
 胸ポケットから小さな金の懐中時計を取り出し、時間を確かめる。母親の形見としてテグから彼女に贈られたもので、蓋に繊細な花柄の彫刻が施された高価な品である。
 時間は午前二時を回っている。確かに交代の時間は過ぎていた。
「ほんとだ……ぜんぜん気づかなかったな」
 イルフィは手に持っていたバインダーに挟んだ当直表に申し送り事項を記入するとサバンスに渡した。
「それじゃあ、後、お願いね」
「了解しました」
 ブリッジを出て短く急な階段を下りると、食堂を囲む狭い通路へと出る。昼間は等間隔にならぶ丸窓から日光が差し込み結構明るい船内だが、今は足下を照らす常夜灯の明かりでようやく目の前が見えるほどの視界しかない。
 ときおり、窓の外で雷光がきらめき、一瞬だけ船内をまっ白に染める。
 イルフィは丸窓をのぞきこみ、外の様子を見た。
 『怒りの暗礁』特有の激しい嵐が逆巻いていた。黒々とした雲の峰は、いくえにもとぐろを巻く竜のようにその身をよじらせながら流されていく。四方から吹きつける大粒の雨が窓をぬらし、視界をますます歪ませ不気味な姿に変容させている。
 この嵐の先に、カムジンの言う古代遺跡がある。果たして、自分たちはそこで、何を見ることになるだろうか……。
 イルフィは、食堂の戸口から明かりがもれていることに気づいた。
 そっと中をのぞいてみる。ソーマが一人で、無心に銛を磨いていた。
「ソーマ君、寝ないの?」
 イルフィが声をかけると、ソーマは頭を上げ、にっと顔をほころばせた。
「あ、おねえちゃん……なんか、興奮して寝つけなくてさ」
「お邪魔していいかな?」
「うん、構わないよ」
 イルフィは部屋の中に入ると、ソーマの隣に座った。
 食堂とは言っても、クルーが交代で食事ができれば用が足りるので広さはそれほどでもない。六人も入れば一杯になってしまう広間に、簡易型のキッチンが備わった機能的で質素な作りの部屋である。
「どう、ダグーに銛打ちを習ってるんでしょ?」
「うん、なかなか難しいけど、やっと慣れてきたよ」
 ソーマは手にしてた銛を明かりにかざし、磨き具合を確かめるとテーブルに置いた。
「……ねえ、何か思い出した?」
「え?」
「君があの船の乗組員になった、以前の記憶のこと」
「あ……ううん、ぜんぜん、何も思い出さないよ」
 ソーマは首を振ってうつむいてしまう。
「いいのよ、別に無理して思い出そうとしなくても。きっと時間が解決してくれるわ」
 なぜか、イルフィはソーマに対して不思議な親近感をいだかずにはいられなかった。
 ずっと以前から、彼のことを知っていたような、そんな気分になるのである。いわゆる母性本能ってやつなのかな……などとイルフィは考えてみるが、結局のところは判らない。
「……あのさ、ぼく、このままずっと、この船にいちゃ駄目なのかな?」
「ん? なんで?」
 実際には、次に補給のために寄港した港でギルドに預けることになるだろう。しかし、それを素直に伝えることがなぜかはばかられたイルフィは、適当に相づちをうってごまかしてしまった。
作品名:竜王号の冒険 作家名:かにす