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竜王号の冒険

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 突然、突風が吹き付け、ワイヤーが大きく揺れる。バランスを崩しかけて、イルフィは思わず悲鳴を上げる。
「きゃぁっ!」
「イルフィ、だいじょうぶかっ!!」
 見上げると、サバンスが両腕だけでワイヤーにぶら下がりながら彼女を心配そうに見ている。自分の体重に加えて背中の少年の体重もかかっているのだ。体格からは想像もできないリューガの腕力に、イルフィは感心した。
 体勢を立て直すべく、ワイヤーをつかみ直そうとした時、再び突風が吹き、彼女は手をすべらしてしまう。
「きゃぁぁっ!!」
「イルフィ!!」
 リューガは右腕を差しだして、落下しかけたイルフィの左腕をかろうじてキャッチそた。
 イルフィが落ちた反動で、ワイヤーが大きくしなる。
「……リューガ!」
「イルフィ、右手をのばせ! 俺の腕を……!!」
 イルフィはリューガの腕をつかもうと、右手を伸ばす。だが、なんとか手が届きかけたその瞬間、貨物船の船内で、三度目の爆発が起きた。
「きゃぁぁっ!!」
 ワイヤーが大きくしなり、二人の身体はそれに合わせて振り回される。
 恐怖に思わず目を閉じていたイルフィがゆっくりと目を開くと、貨物船の船体から吹き出す爆煙と炎が竜王の船体を叩きつけている様子が視界に飛び込んできた。
『船長、早く戻ってください! 船が……!!』
 リコが悲痛な叫びをあげる。
「あと三十秒だけ待って、リコ!」
 イルフィはリコに指示を出すと、右手を伸ばして自分の手首をつかんでいるリューガの指にかける。
 イルフィが自分の手を開かせようとしていることに気付いたリューガは慌てて言った。
「ヤメロ! 何考えてるんだよ!」
「リューガ一人だったら、ワイヤーを渡りきれるでしょ?」
「バカなこというな!!」
「その子と……船のこと、お願い」
「イルフィ!!」
 リューガは手を離すまいと、こん身の力を振りしぼる。しかし、すでに握力には限界がきていて、それ以上力が入らない。
 貨物船の舷側に見える、窓という窓から炎の柱が吹き出している。貨物船は、今正に最期の時を迎えようとしていた。
「リューガ、お願いだから、手を離して!!」
「放すもんかよ!!」
「船長命令よ、離しなさい!!」
「そんな命令、聞けないね。あの世に行ってから、親方に会わせる顔がなくってしまう!!」
 彼の言葉をかき消すように、轟音が響く。四度目の、大爆発。
 ついに揚力を失った貨物船が、大きく船体を振って、落下し始める。
 急にワイヤーがたわんだせいで、リューガは完全にバランスを失い、ワイヤーをつかんでいた手を離してしまった。
「うわぁっ!!」
「リューガ……!!」
 自重に耐えきれず、崩壊した貨物船の残骸と共に、イルフィとリューガは遙か下方の海面に向かって、落下していく。
 リューガが、それでも彼女に向かって手を差し伸べ、何かを叫んでいる。
 しかし、イルフィの耳にはその声は届かなかった。
 これで父さんのところへ行ける……そう思ったイルフィの心を、奇妙な安らぎが満たしていく。
 そっと、その目を閉ざそうとしたとき、まばゆいばかりの光が彼女を包み込んだ。

「……イルフィ……イルフィ!」
 意識を取り戻したイルフィは、自分が竜王の私室のベッドに身を横たえていることに気付いた。
 リューガ、ダグー、リコ……クルーたちが心配そうな表情で彼女をのぞき込んでいる。
 イルフィはゆっくりと身体を起こした。頭の芯に、しびれたような感覚が残っている。
「リューガ、ダグー……」
「船長っ、すみません!! 俺、ワイヤーにしがみついてるのに精一杯で、船長のこと……!!」
 ダグーはそれだけわめくように言うと、イルフィに向かって頭を深々と下げたまま、硬直してしまった。
「いいよ、ダグー……気にしなくても」
 船窓から朝の日差しが差し込んでいることに気付く。少なくとも、あれから一晩は時間が経過しているようだ。
「……でも、あたしたちどうして助かったのかしら?」
「それが、まったく判らないんだ」
 リューガが自分でも首をかしげながら説明する。
「……気付いたら、この船の甲板に倒れていた?」
「ああ、辺りがまっ白い光に包まれたところまでは覚えているんだけどな。気付いたらこの船の甲板に倒れてたんんだよ」
「リコがあたしたちを助けてくれたの?」
「いえ、副長がおっしゃるように、まっ白い光を感じたところまでは覚えてるんですが、気付いたら皆さん、甲板に」
「とにかく、驚いたのなんのって。俺とダグーは甲板に倒れてて、おまけにあのボーズが、船長を抱えて目の前に立ってたんですから」
「少年?」
「この子のことですよ。あなた方が遭難船から救出した」
 クルーたちの輪の外に立っていたカムジンが、遭難船から救出した少年を引き出し、彼女の前に立たせた。
 おそらく、クルーの誰かから譲って貰ったのであろう。狩猟船乗りが好んで着用する青みがかった灰色の、袖無しのジャケットを着ている。
 いつの間にしたのか、腰に届くほど長かった髪はきれいに刈り込まれ、さっぱりとした雰囲気になっている。黒い瞳の、ややつり上がった目が、少年にエキゾチックな雰囲気を与えていた。
「やあ、おねえちゃん、気分はどう? あれから二日も寝ていたんだよ」
 まるで、楽の音のように響く、美しい声。
 イルフィは、少年の持つ雰囲気を一言で表す言葉にようやく思い当たる。
 そう、彼はまさに、神々しかった。
「え、あの……そうなんだ」
 イルフィはどう言葉をつないでよいのか判らず、少しの間、ためらった。
「……もしかして、君が助けてくれたの?」
「判らない、何も覚えていないんだ」
「そう……でも不思議だな。なんだか、君に助けてもらったような気がする」
 イルフィは右手を少年に向かって差しだした。
「よく判らないけど、そういうことにしておきましょう……ありがとう」
 少年は無言でこくりとうなずくと、差し出された右手に、握手をした。
「あたしは、イルフィ・ランディス。この船の船長よ。……君の名前は?」
 少年はかすかに笑みを浮かべ、そして答えた。
「……ソーマ」



第三章『ソーマ』

   1

 セリン・カーランドは夢を見ていた。
 はるかに遠くなってしまった過去の光景。
 勇躍する竜の群れに襲われ、為すすべもなく破壊されていく街の光景。
 業火の中で、苦しみもだえて死んでいく、人々の姿。
 爆音、悲鳴、そして号泣する人々の声……。
『許さない。僕は、絶対に……あいつらを、許さない』
 怯えきった彼女を抱きながら、彼がつぶやく。
『よく見ておくんだ。あいつらが、父さんと母さんを殺したんだよ』
『………………』
『竜も、人も……世界をこんなにしてしまった連中を、僕は必ず……』
 彼女は彼の顔を見上げる。
 恐怖と悲しみ、そして強い不安にゆれる視界の中で、兄の表情はゆがみ、禍々しいモノに変貌していた。
 セリンは、さらに激しい悲しみを覚え、声を出して泣いた。

『司令……司令』
 伝声管から伝わる声が、彼女をいまわしい記憶の夢から覚醒させる。
 セリンは寝台から立ち上がると、目頭にたまった涙のしずくを指先でぬぐいながら応えた。
「どうした?」
作品名:竜王号の冒険 作家名:かにす