Lady go !― 幸せがクルマで♪ ―
そして数日後、ワタシは大きな磁石に捕まってしまった。
ワタシは初めて空を飛んだわ。空を飛ぶことがこんなに素晴らしいなんてぜんぜん知らなかった。これはきっと神様がくれた最後の良いことなんだと思うことにしたの。でも、せっかく空を飛んでいるのに、それを心から楽しむ事なんてちっとも出来なかったわ。その短い空の旅が終わると、ハコの中に運ばれてしまったから。
次は悪いことが起こる番…
ホラ 鉄の壁がだんだん動きだしてきたもん
こんなにも早く天国に行くんだなぁって やっぱりガッカリしちゃう
機械の音がうるさいよぉ
でも悲しまないでいようって決めたの
楽しいこと たくさんあったもん
次に生まれ変わってきたら ワタシは飛行機になりたいな
どんどん壁が近づいてくるよ
あの壁に挟まれた後は なにか良いことがあるのかな?
家族と過ごした思い出がたくさん浮かんでも…
パパとの別れの日のことを思い出しても…
でも
もうダメ!
やっぱり怖い!
ここからだして!
まだまだ ずっと 走っていたい!
パパっ!!
唸る機械の音がワタシの心まで揺り動かして、今にも押し潰されそうになっている。そしてその時、とても大きな声がしたわ。
「待って! 止めてちょうだい! 」
その声のした後、鉄の壁は遠ざかっていった。誰が止めてくれたんだろう? パパなの? ワタシは再び外の世界に戻ってきて嬉しいはずなのに、あまりにも怖かったので、ガタガタ震え続けていたの。
気がつくと傍にはスラッと小柄な女性が立っていた。彼女はワタシのドアをそっと開けると運転席のシートに滑り込み、ダッシュボードの上を撫ではじめた。柔らかなその手がハンドルをしっかり握る。まるで「これから よろしく頼むわね」って挨拶しているような感触。彼女は直ぐに差されていたキーをひねったわ。
ワタシは怖くてまだ震えていたけど、ここが正念場だって感じたから、とても強く念じたわ。この人に気に入られるために、自慢のエンジンを唸らせてみせるわ!
お願い! 回ってちょうだい!!
なのにワタシのセルモーターは苦しそうな音を鳴らしてしまう。もう駄目かなって諦めかけたんだけど、彼女はクルマの扱いにはとても慣れていたの。抜群の加減でアクセルにヒールをかけると、諦めそうになっていたワタシをしっかりとアシストしてくれた。ワタシのエンジンから焦りと不安は消え、もう一度勇気を取り戻すと、カチッて歯車がはまったみたいで、とうとう自慢のエンジン音を彼女に聴かせてみせた。
「いいわよ あなた 」
彼女はニンマリと囁くと、ワタシを家に連れ帰えることにしてくれた。彼女と一緒に来ていたチビちゃんは、今にも壊されそうになっていたワタシのことなんかより、近くにいた生意気な動物と遊んでいたわ。
彼女の家までの道のりは、ワタシにとっては ずいぶんと久しぶりの走りだったし、とにかく緊張したんだけれど、なんとか無事に二人を運ぶことができたの。
でもね、彼女はとっても運転が上手よ。パパには悪いんだけど、運転の技術は彼女のほうが数段上ね。やっぱり女は女の気持ちが分るってことなのかしら?
小さな白い家に到着すると、ワタシは屋根のある 居心地のよさそうな車庫に案内されたわ。でも彼女はワタシを置いてすぐに家に入ってしまったの。
チビちゃんは彼女のことをママ、ママと呼んでいるので、ワタシは彼女を新しい「ママさん」と呼ぶことに決めた。
なぜだか生意気な動物も一緒に、この小さな白い家に連れて来られたのよ。
陽射しが差し込む屋根の下。雨の日でもワタシは濡れない。また 幸せを感じる。
作品名:Lady go !― 幸せがクルマで♪ ― 作家名:甜茶