Lady go !― 幸せがクルマで♪ ―
__100000km 〜 パパ
気付けば彼の運転は優しくなっていた。
少し留守をしていた素敵な娘さんが帰って来た日、小さなお手手の赤ちゃんを抱っこしていたの。そして彼は「新しい家族だよ」って赤ちゃんをワタシに紹介してくれた。なんだか不思議な気持ちだったわ。
彼は素敵な娘さんと赤ちゃんをワタシの後部座席に乗せると、とにかく優しい運転をしてくれたわ。ワタシも彼の呼吸に合わせるように そぉーっと止まったり緩やかに曲がったりで、慣れるまではずいぶんと緊張しちゃった。
そうだ、、、
それからワタシはこの素敵な娘さんのことを「ママ」と呼ぶことにしました
くやしいけど仕方がないので彼のことは「パパ」と呼ぶわ
これからのワタシのお仕事は家族のみんなに安心して乗ってもらうこと
いつも元気に安全運転 それが一番大切になっていたのよ
そうやっていつも元気にドライブしてきた。晴れた日は、窓をいっぱい開けて 風を切るように走った。ママは長い髪を押さえ、赤ちゃんは きゃっきゃとはしゃいだ。いつもパパの鼻歌はワタシのエンジン音とコラボしてくれた。昔のパパは大声で歌ってくれたんだけど、赤ちゃんがいるから鼻歌になったのかな。
雨の日のワタシは忙しい。パパがしっかり前を見られるように同じペースで雨粒を飛ばすの。頑張るわ。また晴れれば、パパがワタシを磨いてくれるから。赤ちゃんは車の中からクリクリなお目目で眺めている。だから思わずワイパーでイナイ イナイ バァ〜 してしまったこともあったな。とっても幸せな日々。
だけども近頃のワタシったら…
以前のワタシなら、調子が悪くなるとクルマの病院に連れて行って貰って、それでまた元気になれた。だけども ここ最近のワタシはますます調子がよくないの。はっきり言っちゃえば、ワタシはもういい歳みたい。足回りだって…、走り出すときは「ヨッコラショ」だもん。パパとどこまでも走ったあの頃みたいにスイスイとは走れなくなってしまった。シートの座り心地だって…、もう古くなってしまってて、ワタシのふんわり肌触りの良かったシートにはクッションが敷かれている。
じゃぁ アナタだけにワタシの秘密を教えてあげるわ
本当はワタシ ちょっぴり年齢サバ読んでたの 30000kmくらい
でも まだ彼と出会う前のことよ
そんなの女の子なんだもん ネッ OKでしょ♪
ある天気のいい日曜日に、ワタシは赤ちゃんをグランマの家まで連れて行ったあと、パパとママを乗せてキラキラなガラス張りのクルマのお店へと向かった。
とうとうパパは新しい車を買うことにしたみたいなの。
もう若くないワタシは必要なくなってしまったのかなぁ…。ワタシのことは好きじゃなくなってしまった? ううん、赤ちゃんのために もっと快適なクルマが必要なのよね…、、、やっぱり優しいパパさん。
店に到着すると、若いピカピカの生意気なヤツが店の中からワタシのことを澄ましたライトで眺めてきた。それなのにパパもママもあのピカピカをジックリと見ている。あんなヤツを気に入ったのかなぁ。どうやらピカピカが新しいパートナーになるようね。
ワタシは思ったの、あのピカピカに嫉妬したって仕方がないじゃない。大好きな家族のことをしっかり頼むわよって、心から願わなくっちゃって。
パパがピカピカの乗り心地を試した後に、ワタシのところに戻ってきたわ。
なんだか寂しそう。
どうしたの?
そんなに見つめないでよ、泣いちゃうから。
赤ちゃん、成長するのを見たかったなぁ。
大きくて温かい手がボディを拭ってくれる。
ワタシの鼻の頭の黒い埃がパパの指についてしまって… (ゴメンナサイ)
「今までありがとうな たくさん想い出つくったよな 」
パパの気持ちがワタシの体を駆け巡る。
ワタシは、そっと後ろ姿を見送った。
バイバイ、パパ…
作品名:Lady go !― 幸せがクルマで♪ ― 作家名:甜茶