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霧島卿一朗
霧島卿一朗
novelistID. 36792
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セロ弾きのディレッタント

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 私は非難されているのだろうか。されたとしても、何とも言えない。ごめんなさい、と頭を下げて謝罪でもすればいいのだろうか。それで気が済むならば、いくらでもするが。
「店員、呼ぶから」
 どうしようかと迷っている私を尻目に、浅野さんは店員さんを呼びとめた。彼女は勝手に私の分まで注文し、ドリンクバーを取りに行った。変なミックスドリンクを作らないか心配だ。
 私は携帯電話を取り出し、和人にメールを送った。帰りにコンビニに寄るから、何か欲しいものはないか尋ねた。すぐに返信があった。
「あのおっさんとメールしてんの?」
 戻ってきた浅野さんは、遠慮なく画面を盗み見た。持っているグラスには、コーラらしき健全な色のドリンク。女子高生でもやらないようなことをノリノリでやる田井中は、やはり子供なのだと私は思わずにいられなかった。
「あのおっさん、あたしのこと嫌いでしょ?」
「どうして?」
「態度見てれば分かるでしょ。私のこと見るときのあいつの目、完全に私のこと見下してるじゃん」
 どうやら、和人と浅野さんは相容れない存在のようだ。出会ってからそれほど日が経ってないことを考えると、これはごく単純な相性の問題だろう。Kさんが、本能的に気に食わない相手を嫌いになるのに時間は関係ない、と言っていたがまさにその通りだ。
「つーか、おまえと友達やってるとか、あのおっさんってゲイ?」
「どうでしょうか」
 限定的なバイセクシャルだと私は思っている。
「そもそも、おまえってどうなの? 田井中と付き合ってたらしいから、普通に男は無理ってこと?」
「その通りです、浅野さん」
 ここは大切なところだ。声を大にして言わせてもらうが、私は男にはまったく興味がない。これっぽっちもない。
「だよね。ゲイとか本気〈マジ〉で勘弁だから。男のくせに女の服とか着てメイクまでしちゃうとか、本気〈マジ〉で吐くんだけど」
「そこまでおっしゃるとは、余ほどお嫌いなのですね」
「それが普通。そんなに女になりたいなら、もっと徹底的にやりゃいいんだっての。周りのこと気にして、こそこそやってるのがムカつくんだよ」
 と言って、コーラを一気飲みする浅野さん。何か、女装趣味の相手に辛酸を舐めさせられたことでもあるのだろうか。まあ、私にはどうでもいいことなのだが。
 料理が運ばれてきたので、私たちは食べた。前から思っていたことだが、浅野さんは言葉遣いこそ下品だが、テーブルマナーは意外にしっかりとしている。今はパスタを食べているが、隣の席の若い女性と比べるとフォークの扱いが上手い。
「……こっち、見んじゃねぇよ」
 視線に気づかれ、睨まれた。今にもフォークを振り上げそうだが、あまり恐ろしさはない。
「失礼しました。上手にフォークを使われるので、見蕩れていました」
「私が上手に使えちゃ悪いのかよ」
「いえ、そんなことはありません。ただ、気になっただけです。どうして、そんな上品な人がこんなことになっているか、と」
 こんなこととは、高校中退、ということだ。この私ですら一応は高校と大学くらい出ているのだから、それが世の中でどう思われる行為であるか分かる。余ほどの理由がなければ、人生の落伍者として扱われることになるだろう。
 本人の傷口に触れてしまったので罵声が飛ぶかと思ったが、浅野さんはそうせず考え込む仕草を見せた。そして、フォークを置いて私を見据えた。何故だろう。睨まれるより迫力があるようだ。
「……おまえ、どれだけ私のこと知ってんだよ」
「Kさんの勤めている高校の生徒だった、ということくらいです。Kさんは自分からは何も教えてくれません」
「おまえから聞いたりしねぇのかよ」
「あまり興味がありませんので」
「じゃあ、おまえは殆ど素性の知らない奴を間借りさせてんのかよ。大丈夫かよ。もっと考えて動いた方がいいんじゃねぇの? 私が悪い連中と繋がってたら、田井中とか酷い目に遭うかも知れないぞ」
「佐山さん以外は、大丈夫でしょう。Kさんは浅野さんもご存知の通りですし、和人と田井中はあれで中々です」
 あの二人は、怒らせるとおっかないのだ。それに、身体も動かせる。大勢に囲まれでもしなければ、どうにか切り抜けられるだろう。まあ、私はまったく駄目なので、いざとなれば死ぬしかないのだが。
「浅野さんは、そんな人たちと繋がりがあるのですか?」
「昔、ちょっとね。中学の時の友達なんだ。一緒に糞みたいなことやりまくって周りに迷惑かけてたんだけど、私だけ急に冷めちゃってさ。それで真面目にやろうと思ったんだけど、色々悪い噂が立ちまくっててさ。あいつは少年院に入ったとか、売りやってるとか。で、居心地悪かったから不登校になって辞めたってわけ」
「そうでしたか」
「それだけかよ。そんなに私に興味ないのかよ」
「確かに興味はありません。ですが、興味があったとしても、どう反応すればいいのでしょうか?」
「話を膨らませろよ。どうしてこうなのか、とか聞いてみりゃいいだろ」
 なるほど。では、さっそく。
「これからどうするつもりですか?」
「さぁ? なるようにしかならないでしょ」
「御家族は何と?」
「うち、母子家庭だから。母親は、いつも仕事ばっかりで、私のことなんて興味ないから。弟も弟で、何がしたいんだか……」
 浅野家の事情は、少々複雑なようだ。だからこそ、Kさんは彼女に距離を置かせているのだろうか。
 食べ終えた私たちは、真っ直ぐ家に帰らずに辺りをぶらついた。駅の周辺はそれなりに遊べる場所があるが、どこに行っても浅野さんは仏頂面だった。まあ、私のようなおじさんと一緒が楽しい女子高生など少ないだろうが。
 最後に書店に寄った。浅野さんはファッション雑誌を斜め読みしたあと、無料の求人雑誌をいくつか手に取った。
「アルバイトを探すつもりですか?」
「それもついでに探すけど、正社員的なものが目的かな」
「働く気は、あるのですね」
「当たり前だろ。働かない奴とか、生きてても仕方ないだろ」
 面と向かって罵倒されたような気がする。高校時代にファーストフード店で、骨なしチキンのお客様、と呼ばれたときのことを思い出した。
 私たちはそのまま帰った。田井中が戻っていた。
「いいなぁ、ハム二郎。女子高生とデートなんてさぁ!」
 やかましいのが絡んできた。私と浅野さんは、無視してそれぞれの部屋に戻った。
 私は夕方まで眠った。隙間風の音で目を覚ますと、何やらリビングが盛り上がっている。顔を洗ってから行くと、Kさんたちが輪になっていた。和人と田井中は難しい顔をしている。浅野さんの姿はない。そして、佐山さんは泣いていた。
「何かあったのでしょうか?」
 問いかけると、Kさんがこっちを向いてため息をついた。
「二三夫さんが、藍子ちゃんの居場所に気づいた」
「……どちら様でしょうか?」
「藍子ちゃんの旦那さんだ。前に話しただろうが、このボケ」
 叱られた。私は何故か悲しい気持ちになり、その場で俯いた。
 佐山さん曰く、帰宅時に旦那さんと鉢合わせになったそうだ。逃げようとする佐山さんを、旦那さんは捕まえて家に引きずり込もうとした。そこにKさんが現れ、後日話し合いの場を設けることでその場を収めたのだった。