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霧島卿一朗
霧島卿一朗
novelistID. 36792
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セロ弾きのディレッタント

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「つーか、いつかは言わないといけねぇんだから、早く分かってもらった方がいいじゃねぇか」
「もう少し待ってください。物事には、順序があるんですから。哲学者なんだから、そのくらい分かりませんか?」
「哲学的に言えば、順序云々なんてしょーもねぇんだよ」
 邪魔をしては悪いので、気づかれないように後ろから近づこう。抜き足差し足忍び足。意外と気づかれない。私には忍者の才能でもあるのだろうか。まあ、そんなものがあったところで、このご時世ではストーキングするくらいにしか使えなさそうな才能だが。
「あー、おまえ、面倒くぇせなぁ」
 石動は箸を自分の口に運んだ。諦めたのだろうか。
「じゃあ、特別にこうして食わせてやるから」
 なるほど、口移し、か。考えたな、石動。気持ち悪いぞ。
「わ、分かりましたから。一回だけですよ!」
 憲四郎は、屋上の入り口を気にしながら口移しで食べた。残念だが、私はこっちだ。そろそろ気づけ、弟よ。
「どうだ? こうすると、余計に美味いだろ?」
「こ、梢さんの味がします……」
「て、照れるからやめろよ。私だって、おまえの味がしたんだから……」
 声をかけるタイミングが見つからない。こうなれば、こいつらが私に気づくまで待つとするか。
「なあ、おまえの兄貴、私のことどう思ってるかな?」
 死ねばいいと思っている。
「控えめに言っても、嫌っているでしょう。公二郎兄さんにとって、女扱いほど癪に障ることはありませんから。もし、オカマとニューハーフとか言っていたら、当分口を利いてくれないに違いありません」
 当分ではない。ずっとだ。
「やっちまったよ……。本当に、私って口悪いよなぁ……」
 自覚があるなら、さっさと直せ。
「それは性格ですから、一朝一夕には変わりませんよ」
「変わるのかなぁ?」
「大丈夫です。それに、変われなかったとしても、私は今の梢さんでいいですから」
「……うん、頑張る」
 この女、憲四郎以外とは付き合ったことがないに違いない。根拠はないが、私はそう思った。そして、ここで逃しでもすれば、二度と結婚に近づくことはないだろう。
 しかし、憲四郎は石動の何が気に入ったのだろうか。私と違って弟は、顔も頭もいい。それに性格も穏やかだ。どうして、こんな口も性格も悪い女がいいのだろうか。可愛ければそれで構わないのか、弟よ。
「おまえの兄貴、何の用事か知ってるのか?」
「知りませんが、Kさんのことかと」
「どうして、おまえの兄貴があいつのことを?」
「言っていませんでしたか? Kさんは、兄のところに住んでいるんです」
「あいつ、Kの奴がタイプなのかよ。まあ、四十のくせに若々しくて、かなり色気あるから分かるけどさ」
「若々しいなら、梢さんだってそうじゃないですか」
「私はただ単に子供っぽだけだって。あいつは、私とは別次元の若さじゃないかな。なんて言うか、あいつはオカルト的な若さ」
 分からなくもない。Kさんの若さを羨んでいる佐山さんや田井中も、単に羨んでいるだけでなく怖さもあると言っていた。和人も似たようなことを言っていたかも知れない。
 しかし、いつまで気づかないのだろうか。そろそろ飽きた。面倒なので、こちらから声をかけることにする。
「ただいま戻りました」
 すると、憲四郎と石動は奇声を上げた。
「兄さん! いつから、そこに!」
「おまえ、どこから聞いてた!」
 最初からです、とは言えないので嘘をつく。
「ただいま戻りました、と言ったはずですが?」
「あ、ああ、そうでしたね……」
 ふむ。なかなか、面白い反応だった。さて、遊ぶのはこれくらいにして、Kさんのことを尋ねてみるか。この二人も私の用件については察しているようなので、前置きは必要なさそうだ。
「そもそも、どうしてKさんはこの病院を訪れたのでしょうか?」
「兄さんは、売店に行かれたのですよね。でしたら、途中で人探しの張り紙を見ませんでしたか?」
 あれか。見た、と答えた。
「Kさんは、あの人のお見舞いでここを訪れたのです。それから縁があって、色々と助けていただきました」
「何が、色々だ。部分的に見ればそうかも知れないけど、全体的にみればかき回しただけじゃねぇか」
 憲四郎はKさんに感謝しているようだが、石動はしつつも何かしらのしがらみを抱えているようだ。私としては別に興味もなかったので、詳しくは聞かなかった。
 私は、Kさんの過去について尋ねた。これについて憲四郎は知らないようだった。気にはなったが詮索する機会も度胸もなかったそうだ。だが、石動が知っていた。どうしてかと聞くと、どうやらこいつはKさんと同じ大学の同期だったとのことだ。
「すると、あなたも四十歳ですか?」
「だったらどうだって言うんだよ。喧嘩売ってんのか、てめぇ」
 この程度で喧嘩を吹っかけたことになるなら、私は何度こいつに喧嘩を吹っかけられたのだろうか。それにしても、こいつが四十歳なら憲四郎とは一回り以上も歳の差があることになる。その年齢と性格で、これだけの玉の輿に乗れるのだから、こいつはすべての運を使い果たしたに違いない。近い将来、きっと死ぬな。
「それで、在学中のKさんは?」
「私は文学部で直接の係わりは薄かったけど、あいつの噂はこっちにまで丸聞こえだったな。そりゃ、あれだけ整った顔で頭もいいとなれば、噂にもなるさ。時代が時代だったから、どいつもこいつも出会いに飢えてて、どうにかしてあいつをものにできないか頑張りまくってたな」
 そんな周囲の努力も虚しく、Kさんは誰にも靡かなかったそうだ。やはり、と私は思った。Kさんが一時の感情で人に気を許す姿が想像できなかったからだ。あの人は、誰に対しても柔軟に対応しながらも自分という存在を確立している。普通の人間と同列に考えることがそもそも間違っているのだ。
「キャンパスの外だと、よく友達と会ってたらしいぜ。そいつら、どんな名前だったかな。確か、戎崎〈えざき〉とか御手洗〈みたらい〉とかそんな名前だったような」
 憲四郎の表情が少しだけ険しくなった。御手洗、という名前に反応したに違いない。
「佐々城〈ささき〉家は、関係ないでしょう」
「私もそう思うのですが、Kさんのことですから、あの連中と係わりがあっても不思議ではないかと」
 私と憲四郎にしか分からない会話に、石動は機嫌を損ねたが無視する。世の中には、知らない方がいいこともあるのだ。
「話が逸れて申し訳ありません。それで、Kさんは?」
「教えてくれたっていいじゃねぇか。教えねぇなら、私も教えねぇぞ」
「そこをどうにか」
 頼み込むと、石動は渋々ながら続けてくれた。頼まれると断れない性分なのだろうか。
「人助けも色々としてたかな。派閥争いが酷いサークルを纏めたりとか、准教授のセクハラ疑惑を晴らしたりとか、暴走族に突撃して壊滅させたりとか」
 さすがに、最後の話は盛りすぎではないだろうか。
「学内外問わず、かなり手広くやってたそうだ。厄介事なら、あいつに任せりゃ大丈夫、とか言われてたからな」