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霧島卿一朗
霧島卿一朗
novelistID. 36792
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セロ弾きのディレッタント

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「大学生だった頃に、ちょっと世話をしたことがあったんだ。恩着せがましいかと思ったけれど、ちょうど人手が欲しかったらしい」
 持ちつ持たれつ、ということか。
「ですが、大っぴらに外出するのは平気なのでしょうか?」
「ああ、旦那さんのことか。平気ではないと思うけど、それを気にしてばかりでは何もできないからね。外でばったり、なんてこともあるかも知れないけど、二三夫〈ふみお〉さんも外で手を上げることはしないさ。いずれにしても、閉じこもってばかりではいられないんだ」
 Kさんがそう言うなら、私が何を言っても仕方のないことだ。とは言え、いざとなれば私も力を貸さねばなるまい。こんな外見の私でも、男がいれば佐山さんも少しは安心できるはずだ。
「さて、今日くらいはゆっくりするか」
 今日は久しぶりの平日休みだから、Kさんは一日中家で寛ぐつもりのようだ。何をするのか聞くと、見たい映画を見るとのことだ。
「レンタルしてきたんだが、公二郎君も一緒にどうだ?」
「映画のことはよく分かりませんが、せっかくですから」
 私は一度地下に降り、適当な赤ワインを選んだ。冷蔵庫からチーズを取り出し、二人分のグラスを持ってKさんの部屋の扉を叩いた。すぐに返事があったので、半開きの扉を身体で押して入った。
「気を遣わせて悪いね」
 Kさんは、すでに準備を終え、ベッドの上で脚を伸ばしていた。手にはリモコン。それが向けられた先には、大画面のテレビとスピーカーがある。以前にも見たものだが、彼女なりの拘りが窺えた。
「よかったら、隣に座ってくれ。ここが一番よく見える」
 そう言って、Kさんはベッドを軽く叩いた。私は失礼します、と言ってから腰を下ろした。シングルベッドに大人二人が座ると、その狭さのせいで肩が当たったが、私はちっとも窮屈に感じなかった。
 Kさんは再生ボタンを押し、傍らにチーズの乗った食器を置いた。そして、私たちはグラスを合わせた。
「平日にみんなが働いている時間にこうしていると、申し訳なく思う反面、勝ったような気持ちになるね」
 その理論だと、私は世界一の勝ち組になるのだろうか。
「働く者にしか分からない喜びを理解できないから、君が絶対的な勝ち組とは言えないな」
「心を読むのはやめていただきたい」
「君の心は読み易いから」
 Kさんは茶化したが、どうも釈然としなかった。読心などできるはずもないのだが、この人ならやりかねないから恐ろしい。
 しばらくは雑談交じりだった私たちだったが、映画が盛り上がってくるに連れて口数は減った。終盤に至っては、グラスにすら手を伸ばさないほど真剣に見入っていた。血生臭い戦争映画だが、見ていて飽きない構成は秀逸の一言に尽きる。存在感がありながら、それでいて必要以上に自己主張しない効果音が、特に好印象だった。
 一本目の映画が終わり、私は凝った身体を伸ばしたあと、体育座りの要領で両脚を抱いた。
「そうしていると、とても可愛いね」
「そうですか?」
「ああ、そうだ」
 昔から女顔であることに触れられるのが嫌いな私だが、Kさん相手にはどうしてかその気持ちが湧かない。むしろ、可愛いと言われて嬉しいとすら思った。
「次も見るかい? これは私のお気に入りなんだけど、つまらない、と見た人は口を揃えて言うんだ」
「つまらないかどうかは、見ないと判断できません」
 Kさんのお気に入りがどんな内容なのか、私は是非とも知りたかった。例え、どんなにつまらない内容でも、最後まで見ればいいのだ。
 そんな私の考えに反して、その映画はあまりにも退屈だった。何も起こらないのだ。何も起こらないと言っては語弊があるが、山場が一切なく、淡々と一人の女性が日常を送る内容だった。それが三時間も続くのだから、耐え難い退屈さだった。
「つまらなかっただろう?」
 終わったあと、Kさんは私を見て笑った。私は正直に退屈だったことを伝え、何が面白いのか聞いた。
「この映画は、誰が撮ったか定かでないんだ。出演者である女性だけでなく、監督など関わったスタッフも知られていない。ある日、とある映画配給会社に匿名で送られたそうだ。送付されていた手紙には、ヒントは映像の中に、とだけ書かれていたとされている」
 曰く、これはKさんが知り合いの伝を使って手に入れたらしい。題名は、書かれていなかった。
「私は何度も見ているんだけど、その度に新しい発見がある。今日は、彼女の使っている歯ブラシが、海外の製品であることが分かった。私が思うに、この映画の魅力はそこにあるんだよ」
 分かるようで分からない。単なる悪趣味な悪戯にも思えるが、何か神秘的な暗号にも見えなくもない。世間での知名度は、いったどのくらいなのだろうか?
 映画はもう一本あった。だが、すでに正午を過ぎていたので、私たちは食事をすることにした。ホットケーキが焼き上がる直前、呼び鈴が鳴り、私は手をとめて玄関に向かった。
 覗き穴を覗くと、常盤和人〈ときわかずと〉がこちらを覗き込んでいた。開けたくなったが、無視してもずっと居座るに違いないと思い、私はチェーンをしてから鍵を開けた。
「和人、何か用ですか?」
 尋ねた瞬間、扉の隙間から和人が顔を見せた。不敵な笑みを浮かべている。私は思わずたじろぎそうになった。
「これ、外してくれないかな。じゃないと、おまえの綺麗な顔を見られない」
 相変わらず、気持ちの悪い男だ。早々にお取引願おうか。
「あの、どちら様でしょうか?」
 そのとき声が聞こえた。聞き慣れた、佐山さんの声だ。どうやら、彼女も外にいるようだ。今日は仕事が早く終わったのだろうか。これは厄介なことになったぞ。
 焦りを覚えながら何もできない私を尻目に、和人は佐山さんを籠絡しようと爽やかな笑顔を浮かべた。
「ああ、これは失礼。わたくしは、公二郎の義理の弟で、高校時代からの親友の和人と申します。今日は、久しぶりに彼に会いに来たのです」
「そうでしたか。それは失礼しました。私は、佐山藍子です。常盤さんには、いつもお世話になっています」
 和人は佐山さんを信用させて入り込む算段のようだ。この男、変態だが頭は切れる。残念だが、私はこの招かれざる客を家に入れざるを得ないようだ。
 私は早々に諦めて扉を開き、佐山さんと和人を中に入れた。すれ違う一瞬、彼は私の耳元で不気味なことを囁いてきた。まさか人のいるところで何かするとは思えなかったが、不安だったので彼に後ろを取られまいと私は最後尾に着いた。
「ああ、藍子ちゃんか。お疲れ様――公二郎君、そちらは?」
 すでに席に着いていたKさんは、和人の姿を見て目を細めた。私は肩を竦め、妹の夫です、と手短に伝えた。
「すると、公二郎君の義理の弟か」
「ええ、そうです。公二郎とは、高校時代からの付き合いで、その縁で七海と出会ったんです」
 Kさんに対しても好青年の態度で接する和人。佐山さんはすっかりとこれに騙されたようだが、果たしてKさんは大丈夫だろうか。
「そうか」
 心配などいらなかった。Kさんは和人に名乗ろうともしなかった。