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霧島卿一朗
霧島卿一朗
novelistID. 36792
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セロ弾きのディレッタント

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 四枚目は、学校事務員の求人だった。他のとは違い、正社員ではなく契約社員としての採用となっている。
「で、どれも駄目だった、と?」
「はい……。どうしても、年齢が年齢だからだそうで……」
 私に社会のことなど分からないが、四十歳という年齢が何かを一から始めるにおいて遅すぎるということくらいは感覚で理解できる。だが、この求人票も求人票だ。年齢で弾くくらいなら、それをあらかじめ要項に加えておけばいい。必死に仕事を探している人の時間を浪費させて何が面白いのだろうか?
「少し早いですが、お昼を食べませんか? 真彩さんもそろそろ終わる頃でしょうから」
「ですが、私はお金が……」
「私がご馳走します。どうぞ遠慮しないでください。気が済まないとおっしゃるなら、仕事が決まったあと、ご馳走してください」
「……そういうことでしたら、今日はお言葉に甘えさせてもらいます。ありがとうございます、常盤さん」
 それからしばらく待って、真彩さんと合流して近くのファミレスに入った。店内は、空席の方が目立つほど空いていた。
「ハム二郎とファミレスかぁ。めちゃ久々だね」
「来たことがありましたか?」
「うわぁー。ハム二郎にとって、私との思い出はその程度なの?」
 と言われても、覚えてないものは覚えていない。まあ、そう言われると来た気がしないでもないのだが。
 それぞれ食べたいものを決め、近くの店員さんを呼びとめて注文を済ませた。ドリンクバーなるものは、ジュースや珈琲が飲み放題だそうだが、その代わりに自分で汲まねばならないそうだ。その役割は、真彩さんが一手に引き受けてくれた。
 真彩さんが行ったあと、佐山さんが小さな声で聞いてきた。
「常盤さんと真彩さんは、恋人同士だったんですよね」
「ええ、そうです」
 再会するまでは存在すら完全に忘れていたが。
「お二人、すごくお似合いだと思います。だから、私、ちょっと居心地が悪かったりするんです」
 お似合いの二人か。なるほど。私と真彩さんは、佐山さんからそう見えているのか。ならば、私とKさんはどうなのだろうか?
 気になってしまったので、聞いてみた。
「常盤さんは、弟みたいですね。実際、年齢もそのくらいですから」
 悪気は一切ないように聞こえた。もちろん、佐山さんとしてもそうなのだろう。どうせ、Kさんも私をそう思っているのだ。こんな女顔の男など、変態にしか需要がないのだ。
「それにしても、真彩さん、遅いですね?」
「ええ、そうですね」
 考えてもみれば、どうして真彩さんはこんな私と付き合ったのだろうか。彼女ほどの女性なら、引く手数多だったはずだ。
 そうこうしていると、料理が運ばれてきた。佐山さん注文の、エビドリアだった。冷めてはいけないので、私は先に食べるよう促した。彼女は遠慮がちに食べ始めた。
「お待た! あっ、藍子さんのドリア、めちゃ美味しそう! ねえ、ちょっとだけ食べてもいいですか?」
 真彩さんが戻ってきた。三人分のグラスを器用に持っている。
「いいですよ。熱いから、気をつけてくださいね」
「もちろん――おほっ、美味しいけどあつーい!」
 舌を火傷させまいと、必死に口内でドリアと格闘する真彩さん。私は彼女の前にあるグラスを勧めた。中身は、メロンソーダのようだ。
「ハム二郎、さんきゅ」
 一口飲んで落ち着いたあと、真彩さんは私たちにもグラスを渡してくれた。佐山さんの分は、アイスティーだった。私の分は、何だかよく分からない。恐らく、ジュースだと思うのだが。
「何だと思う? 飲めば分かるよ」
 ふむ。ならば、一口。
「ところで、真彩さんはどうして私と――うずっぷ!」
 付き合った理由を尋ねようとしたところで、舌に強烈な刺激が走り、思わず飲んだものを吐きそうになった。どうにか堪えたが、逆流して鼻から出てしまった。
「こ、これは、何ですか……ごほっ!」
 汲んでくれた真彩さんに尋ねた。悪そうな顔で答えてくれた。
「これは、マーヤ・カクテル十三号! 通称、トリケラトプスの味!」
 今の真彩さんのどや顔に、すさまじい既視感がある。いつのことだっただろうか?
「いやぁ、今の反応はよかったね。マーヤ・カクテル六号、通称、マウンテンゴリラの味を越えちゃったね、こいつぁ」
 思い出したぞ。確かに、私は何度も真彩さんとファミレスに来たことがあった。そして、その度に私は彼女の創作ドリンクを飲まされた。ドリンクと言いながら、実際には液体以外も入っていたに違いない。そう確信せざるを得ない不味さなのだ、これは。
「こ、こんな子供っぽいことを、まだ続けていたのですか……」
「おっ、私との思い出、思い出してくれたんだ! マーヤ・カクテル十三号には、記憶を呼び覚ます力があるんだねっ!」
「下手をすると記憶そのものが御釈迦になりかねませんが……」
「墓の中の御先祖もぶっ飛ぶ、って奴?」
 何か違う気がしないでもないが、まあ、大体そんなところだ。いずれにせよ、これは人が飲んではならぬものだということだ。
「藍子さんも、飲んでみ――」
「――結構です」
 その判断は正しいぞ、佐山さんよ。こんな自己防衛本能が備わっているから、人間は今の今まで生き残れたのかも知れない。
 それからすぐに私の料理が運ばれてきたが、あの強烈な味で舌が麻痺してしまったのか、食べても何も感じなかった。味覚のない食事がここまで味気ないものだとは思ってもみなかった。
「それは、何をどうやって作ったのですか?」
「それは企業秘密なんだなぁ。どうしても知りたいなら、全部飲んだら教えてあげようか?」
「永遠の謎で構いません。私はまだ死にたくありませんので」
 そんなやり取りをする私と真彩さんを、佐山さんは楽しそうに見ている。まあ、酷い目には遭ったが、就職活動の上手くいかない彼女が落ち込んでいないのはいいことだろう。何事もポジティブに捉えれば、人生楽しくならないこともなくもないかも知れない、とKさんも言っていた。きっと、これでいいのだ。

 11

「不肖、田井中真彩! これから面接に行ってきます!」
 一次選考である筆記と適性検査を突破した真彩さんは、今日の午後から二次選考の面接に挑むそうだ。こうして玄関でその旨を伝えていることからも、気合の入りようが強いことが見て取れる。その企業が志望している音楽関係だからに違いない。
「頑張っておいで、真彩ちゃん」
 Kさんが激励する。今日は平日だが、珍しく休みらしい。
「陰ながら、ひっそりと応援させていただきます」
「おっ、さんきゅ! ハム二郎も、頑張ってね!」
 何を頑張ればいいのだろうか。と言うか、その薄ら笑いは何だ。今はそれを浮かべる場面ではないと思うのだが。
「じゃ、行ってきます! 帰りは夕方になると思うんで!」
「ああ、分かった。バスに遅れないようにね」
 真彩さんは行ってしまった。バスと電車を使って面接の会場まで向かうそうだ。早めに出たのは、遅刻に配慮してのことだろう。
 今日は佐山さんも朝から家にいない。先月から始めたパートに出ているからだ。Kさんの伝で、神社の事務をやっているとのことだ。ちなみに、人生初の携帯電話も持つようになった。
「それにしても、よく神社に伝がありましたね」