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霧島卿一朗
霧島卿一朗
novelistID. 36792
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セロ弾きのディレッタント

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 それが兄に対する言葉か。反抗期か、弟よ。
「七海姉さんに伝えておきます。それと、携帯電話を買ったなら、父上や母上たちにも番号を教えてください。兄さんと話せれば、みんな喜びますから」
 そうだろうか。七海はともかく、歳の離れている譲五郎は私と距離を置いている。父上と母上は、常盤家の長男である私が働かないことを大罪だとお考えだ。だから、私が電話しても仕方のないことだ。
「七海にはよろしく伝えてください」
「お待ちください、公二郎兄さん――」
 まだ何かを言おうとする憲四郎だったが、私は聞かずに電話を切った。喉が渇いたので、下に戻って水を一杯飲んだ。

 10

 佐山さんと真彩さんがハローワークに行くと聞いたので、興味本位で私もお供させてもらうことにした。歩くには少し遠い距離だったので、Kさんが車で送ってくれた。私たちを降ろすと、彼女はそのまま職場である学校に向かった。
「あの車、高いんだろうなぁ……。高校の先生って、儲かるのかな?」
 走り去るKさんの車を、真彩さんは羨ましそうに見つめている。そう言えば、彼女は車を持っていないと言っていた。
「車があれば、自力で就職活動できるんですけどね……」
 佐山さんは、Kさんを足としていることに負い目があるようだ。あの人がそんなことを気にするとは思えないが。
「車くらいなら、私が買ってもいいですが」
 そんな提案をしてみる。車の市場価格など分からないが、さほど値の張るものでもないだろう。それで真彩さんと佐山さんの就職活動が捗るならお買い得だ。
「ここに来る途中、そんな店がありました。今から――」
「はいはいっ! 今はお仕事探そうね! 藍子さん、早く入りましょう! こいつ、本気〈マジ〉で買いますからね!」
「さ、さすが、常盤さんですね……」
 真彩さんに首根っこを掴まれて自動ドアを通過する。まだ早い時間にも関わらず、受付らしきところに列ができていた。朝早くから、ご苦労なことだ。
「じゃ、私たちは並ぶから、ハム二郎は大人しくしててね」
「行ってきます」
 私は真彩さんによって隅の長椅子の座らせられ、動くなと口酸っぱく言われた。佐山さんは何も言わなかったが、落ち着かない様子で何度も私の方を振り返っていた。失礼な。子供ではないのだから、公共の場で勝手なことなどするはずがないだろう。
 受付の列から視線を移動させ、入口の付近を見る。外の掲示板の前で、職員さんが何かをしていた。ふむ。行ってみるか。
「おはようございます」
「――え、あ、利用者の人ですか? 今、張替えましたから、どうぞ」
「おはようございます」
「はぁ、おはようございます……」
「これは何でしょうか?」
 掲示板を指差し、説明を求める。そこには同じ大きさの紙が、均等な間隔で張られている。行方不明の飼い犬でも探しているのだろうか。
「いや、何って……普通に、求人ですけど」
「求人? どのような求人があるのですか?」
「それは自分で見てください」
 なるほど。見れば分かるものなのか。では、さっそく見ることにする。
「……すみません、どのように見るのでしょうか?」
「あの、ここを利用されるの初めてなんですか? って言うか、就活されるのも初めてなんですか?」
「利用も、就職活動も初めてです」
 まあ、私の場合する必要もないのだが。
 私がそう言うと、職員さんは大きなため息をつき、こめかみを押さえた。何か嫌なことでもあったのだろうか。
「失礼ですが、言わせてもらいますよ」
「はい、何でしょうか?」
「あなた、それで働けると思ってるんですか? そんなんじゃ、正社員どころか、パートやアルバイトも難しいですよ。いっそのこと、結婚して旦那さんに養ってもらえばどうですか?」
 何故、私は怒られているのだろうか。まあ、それはいい。問題は、私が女と思われていることだ。
「私は男です。今の言葉、取り消してください」
「だから、こっちは冗談に付き合うほど暇じゃないんです。真っ当に職探しをされている人たちに申し訳ないとは思わないんですか?」
「男だから男だと言っているだけです。信じられないのでしたら、証拠をお見せしましょうか?」
 シャツのボタンを外――そうとしたところで、真彩さんにとめられた。いつ背後に回られたのか分からないほど、見事な羽交い絞めだった。
「いやぁ、すいませんねぇ。こいつ、ちょっと変わってるんですよ。だから、気にしないでください。本気〈マジ〉で何でもないですからぁ。そんじゃ、失礼しますんで!」
 そのまま、建物の裏へと連れ込まれた。
「ハロワの職員と喧嘩してどうすんの! 馬鹿か、あんた!」
「馬鹿は、あの人です。私のことを女扱いするなど、許せません」
「分かった! それは、あの人が悪いね! でも、ハム二郎の方が年上っぽいから、ここは大人になろう! はい、深呼吸、深呼吸!」
「……真彩さんがそうおっしゃるなら、仕方ありません」
 私としては納得できなかったが、すでにあの偉そうな職員の姿がなかったので、仕方なく溜飲を下げた。
 中に戻ると、先ほどよりも人が増えたように見えた。受付に並ぶ列も、当然長くなっていた。真彩さんは眉根を揉んでから最後尾に着いた。ちゃんと並ばないからですよ、と呟くと、無言で足を踏まれた。
 また不快な思いをするのが嫌だったので、今度は大人しく座って待っていることにする。幸いにして新聞があったので、それを斜め読みしながら時間を潰すことができそうだ。ふむ。新潟県で幼児連続失踪事件か。恐らく、あの一族の仕業に違いないな。
 それからしばらくして、声をかけられた。
「あの、隣に座ってもいいですか?」
 佐山さんだった。数枚の用紙を手に、おろおろとしている。私は無言で頷き、新聞を畳んだ。
「いかがですか、調子は?」
「お察しください」
 つまり、お先真っ暗ということか。世知辛いな。
 そろそろ正午になろうとしているが、訪れる人はあとを絶たない。静かなところで話したかったので、私たちは外に出た。真彩さんには、外で待っている旨をメールで伝えておいた。
「ところで、佐山さんが手にされているものは?」
「これですか? これは、求人票です」
「求人票……ひょっとすると、あそこに掲示されているものですか?」
 入口近くの掲示板を指差す。佐山さんは目を細め、多分そうです、と答えてくれた。
「それで、求人票とは?」
「企業が人材を募集する際、公職安定所や学校に渡すものです。その企業がどんなことをしているかとか、何人くらい募集しているか書かれているんです。私たちが選んだ求人票の企業に、職員の方が連絡を取ってくれるんです――改めて考えると、いいサービスですよね」
「なるほど。ちなみに、その求人票の内容は?」
 覗き込むと、佐山さんがそれを手渡してくれた。せっかくなので、花壇のコンクリートの部分に腰を下ろして読んでみる。求人票は、全部で四枚あった。
 一枚目は、工場の求人で、事務員を募集していた。
 二枚目は、税理士事務所の求人で、税理士補助というものを募集していた。何をするのだろうか。
 三枚目は、芸能事務所の受付の求人だった。