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周りを見れば、会社帰りのサラリーマンの姿が殆ど。同じ方向を向いて同じ足取りでみな歩いている。その人の群れの中に私も同じ様に歩いていた。

数年前の私も普通のサラリーウーマンをしていた。
何が普通なのか、小さな設計事務所でCADオペレーターとして働いていた。
それはそれで仕事は面白かったのだが。

その仕事を辞めたことで後悔はしていない。今の仕事はその仕事以上に気に入っているから。

幸せな彼と彼女の新しい出発の日に素敵な演出と感動を音楽で盛り上げていく。
幸せなってところがもっとも重要なんだけれど。

誰かの幸せな時間に自分が携わっていけるなんて素敵なことだと教えてくれたのは、
私が最も尊敬する師匠の彼だった。

ホームに向かう階段を足早に駆け上がると、冬の冷たい風に思わず身震いをした。
乗降口にはもう人の列ができている。私はその最後尾に並んだ。

きっとこの人の多さじゃ、車内はすし詰め状態になるだろうな。

ホームから見た夜空はビルとビルの間から綺麗な真ん丸な月が見えた。

こんな都会でも小さな星も見えるんだな。

電車を待つ私の隣でスーツ姿の若い男子が音楽関係の雑誌を見ていた。
偶然、目に飛び込んできた彼の記事。

【27歳のカリスマPA 明石ミキオ氏が今度は人気歌手恋(れん)をプロデュース。】

PAの神と崇められた天才、明石ミキオ。私の師匠でもありshare関係の彼。



世の中はそんなに甘くはない。
私と彼の関係。


あの夜、彼とKISSを交わした日。
結局私たちは………。






流されるように電車の中に押し込まれて行く身体。電車が揺れるたびに人と肩がぶつかる。
一定の速度で動くリズミカルな車内。人は器用な生き物だ。今なら立ったまま寝れそうだ。
眼を閉じてそのリズミカルな動きに身を任せた。


甦るあの夜の記憶。

眼を閉じて言われるがままに、彼に体をゆだねた。
な・の・に彼は。

「ば~か、冗談に決まってるだろ」

そう言われて、思いっきり痛いデコピンをおでこに食らった。

「いっ、痛ぁい!!!」

今でさえ自然に手がおでこを押させてしまう程痛かった。
自分から誘っておいてその仕打ちはなんじゃないの。

だけれど、正直ほっとした。

あのまま成り行きでそうなってしまっていたら、今の関係はどうなってしまうのか。
なんとなくその先を考えたら怖くなってしまった。きっと彼もそれを察した?
のかな。

それにどんどん有名になってしまってそのうちに手の届かないところに行ってしまうかもしれない。
彼はそういう人だもの。

幾つかの駅に着くとほとんどの人が電車を下りていった。
やっと座れる。今日の仕事の打ち合わせは長すぎて疲れた。
降りる駅までは後、3つ。

あの夜からも私たちの関係はいつも通り。
それでいいのだ。それで。
                                  
                                       



心地いい眠りから目覚めたのは、凭れていた首がガクンと落ちたからだった。いやその前に誰かに肩を2.3回たたかれた気もする。

はっとして目が覚めてドアが閉まりかけて思わず降りた。

降りたのは新宿駅。私は、新宿駅から乗ったはず。
うとうとのつもりが………一周してしまった。


ホームの時計は23時を示していた。

あ~あ、やっちゃった。

不意にコートのポケットの中で携帯電話がブルブルと鳴りだした。
相手が誰かはわかっている。

「ユミ~今どこ?約束の時間とっくに過ぎてますがぁ」
「ごめん、電車で寝過ごした」
「はぁ?何やってるのよ」
「はじめちゃってて」
「もうはじめてますよ」
「ユミ先輩、早く来てくださいよん」

今日は、後輩のカオリの結婚式の打ち合わせを悪友のアズサと3人でする約束をしていた。

遅くなってもアズサの部屋に泊まることになっているから焦らなくてもいいのだけれど。

携帯を切り同じ場所でまた電車を待った。


冬の冷たい風を吹き上げてホームに電車が入ってきた。


風になびいた自分の髪から仄かな良い香りがした。
甘酸っぱいフルーツをベースにしたような爽やかな香り。

私のではない初めて嗅ぐ香り。

その香りと共に、今さっき降りてきた電車の中で目覚めた瞬間に見えた
背の高い男の人を思い出した。 
電車のドアが開いたあの時、少し振り返り私を見てほほ笑んで降りていった素敵なうしろ姿の人。

そういえば、うとうととした記憶の中で同じ香を嗅いだ憶えがある。
なんていい香りと思ってるうちに私はコクリコクリとしながら眠ってしまった。

そんな事を思い出しながら私は、同じ方向へ向かう電車にもう一度乗った。



Stage 3



久しぶりの休みの遅い朝、リビングからトントンという音とおいしそうな匂いで目覚めた。
時計を見ると10時を過ぎていた 。

「師匠?」

一応、彼の前に出るのだから着替えをして。
と言ってもスエット。
急に態度変えて気持ちを知られても癪だし。

鏡見て、髪を整えドアを開けた。

「おはようです」

シンクにに向かっている彼の背中に声をかけた。
振り向いた彼は、私が居た事に驚いていた。

「おは….よう。友達のところに泊まりのはずじゃ……..」
「先週のことですよ」
「そ、そうだっけ?」

なんか。いちゃいけない?様子かしら。とテーブルを見た。

並べられている食事は2人分。私の分?なわけがない。
彼の中で私は友達の家に行っていることになっているのだから。

誰の?と疑問詞。

何気にシャワーの音がする。
この状況は、まさか ?!

「私……..出かけてきます」
「あ、いや、いいよ 休みなんだし」
「だって…….その……困るんじゃ……」

とうとうこの日が来てしまったのかしら。

「じゃぁ、部屋に引きこもっています。気づかれないようにじっと」
「だから、いいって……」

彼の言葉を最後まで聞かずに部屋に戻った。
ドアに凭れ胸を押さえた。

この恋心、まだ浅くて良かったのかもしれない。
痛手の少ないときで、良かった。


音をたてないようにベッドに戻り腰を下ろした。
もう、この生活も終わりになるのかと部屋を見渡す。
静かな部屋に私のお腹のぎゅるぎゅるという音が響いた。

こんな時に鳴らなくていいのに……..と思う。

コンコンとドアをたたく音がして、

「入るよ。いい?」彼がそう言ってドアを開けた。
「ちゃんと、最後まで人の話を聞けよ」
「…………..」

お腹がまた鳴りだした。ぎゅるるるるーぎゅる。

「ふふっ、ちゃんとお前のも作ったから一緒に食べよ」

『あなたの彼女は相当できた人ですね』

そう声にならない言葉を心の中でつぶやいた。

彼女を安心させるならスエットでもいいよね。
こんなに色気のない私だから彼も手を出さずに2年以上も一緒にいられたのです。
切ない証明。

うな垂れている私は、彼に促されるように部屋を出た。

下を向いたまま挨拶をした。

「初めまして、イタノユミと申します」
「俺は初めてじゃないよ ユ・ミ・さん」

彼の声ではない男の人の声に驚いた。
作品名:Share 作家名:蒼井月