北国ロマンス
あたり一面の銀世界だ。克己も敦子も久しぶりの雪の感触だった。さらさらっとして滑りやすそうだった。パウダスノーだから雪だるまも作れやしない。都会に降る雪とは似ても似つかない代物だった。
「カッちゃ~ん、大丈夫?」先に行きたそうな敦子は振り返りながら克己に聞いた。
これだけが彼に勝るもんだから、敦子はニタニタしている。
「すぐ慣れるさ、こんなもん」言葉とは裏腹にへっぴり腰の克己の姿はイマイチだった。
「ほら、いつものカッちゃんらしく格好よく!」敦子がストックで克己の尻をつつく。
「うるせ~。徐々にだ、今に慣れる」威勢がいい言葉は出るが、踏ん張る姿がかっこ悪い。
「早くしないと日が暮れるよ~」
なんとか滑ってはいるがへっぴり腰の克己は、滑る足元に苦戦していた。
「すぐ、リフトに乗ろう。降りてくるだけだから大丈夫だよ」
克己と敦子はリフトに登って中腹までたどり着いた。氷点下のスキー場は寒い。克己はポケットからミニボトルのウイスキーを取り出すと一口飲んだ。
「ほら、また飲んでる~。立たなくなるよ、そのうち」
「余計なお世話だ。寒いから仕方ね~べ」
「なによ、そのね~べって」
「越後弁だ」
「適当な親父~」敦子は、いつも克己のスチャラカな言い方に安心した。
下るゲレンデの中腹からは右がこぶの斜面、左が平坦な初心者用のコースが設けられていた。
「俺、絶対あっちだわ」と言って克己は左側の初心者コースの方に向きを変えた。
「一緒に滑ろうよ」笑いながら意地悪く敦子が言う。
「いや、やめとくべ。酔っ払いの中年には無理だ。先に滑っていいぞ」
滑れるはずない、誘われたらたまったものじゃないと、そそくさとその場を克己は離れた。
「じゃ、先に降りて待ってるね」敦子は、振り向きもせずに滑って行った。
「一人で滑るんなら俺なんか必要ないじゃないか、くそ~」
そう言いながらも、前回滑ったときの事を思い出しながら克己はスキー板を傾斜に向けた。
こつをつかもうとする彼のスキーは徐々にではあるが、ましになってきている。
もともと運動神経はいいものだから、滑る感覚さえつかめたら大丈夫だ。
ただ、しばらくぶりなので少々びびってるだけだった。何せ彼にとって2回目の久しぶりのスキーだから仕方なかった。
ゆっくり大きくターンをしながら体に滑る感覚を覚えさせていく。スライドの仕方。膝の曲げ伸ばし。腕の使い方。下に降りる頃には一度の滑降で一応様になっていた。