キミと時を刻む
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ここは どこだろう
ボク どうしたんだろう
ピチョーン
これ なに 水の滴
もう ボク ・・・・・ およげない
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ある草原で生まれた子ライオンは、兄弟や 仲間と同じようにできなくて いつしか群れから外れていった。何故だろうと 考えるがわからない。母親はいつだって 味方であったが、自分を見つけたくて旅に出た。そんな時、大きな湖に自分の姿を見た子ライオンは、気がついた。「ボクってみんなと違うんだ」隣に映った花に止まった蝶と比べても さほど変わらない姿。小さいのだ。花弁が水面に落ちて 波紋は生まれた。その波紋を見つめているうちに 湖に落ちてしまったのだ。沈んでは 浮いて でもまた沈んで。もがく子ライオンは、水面に浮かぶ小さな小枝に捕まった。そして、浮かびながら空を見ると、どんどん空が遠ざかる。水が減っていくのだった。不思議に思った子ライオンは 声を聞いた。
「ここはワタシの中よ。もう苦しくないでしょ」「誰?」「ワタシは… ねえ ワタシとお話ししましょ。外の話を聴かせて」「お話?ボクは 何もできないんだ」「なんでもいいの。そう 作ったお話でもいいわ」それから 子ライオンは、自分の周りに起きた事や空を眺めながら思いついた話を 聴かせた。でも いつも誰なんだろうと不思議だった。
ある日、子ライオンは、自分の居るところに ひび割れを見つけた。舐めてみた。
何の味なのか子ライオンには わからなかったが ひんやりと感じたり 温かく感じたり
ここにいると心地よく、気持ちが安らいだ。
ある日。陽射しが差し込んで いつも薄暗かった居場所が 明るく見えた。
子ライオンは、辺りを見回したけれど、いつもの話し相手がいない。不思議に思った。
でも、声がした。「わかってしまったかしら。ワタシは、水瓶。ずっと湖の底に沈んでいたの。でもあの日。あなたが溺れていて 何とか助けたいと思ったの。そうしたら 引っ掛かっていた枝が外れて ワタシは浮き上がることができたの。でも大変 あなたがワタシの中に入り込んでしまったの。このままでは あなたはワタシの中で溺れてしまう。ワタシは、瓶の底を岩にぶつけてみたの。良かった。水が抜けていったわ。でも……」「でも? あ、ボクの所為で……」ひびの入った水瓶は、もう水を溜めることはできなくなってしまったのだ。「何も気にしなくていいの。いつものようにお話を聴かせて」「でも ボクのお話なんか つまらないでしょ?」「そんなこと 誰かが言った? いつも語りかけてくれる言葉がワタシにはとても嬉しい。ね、だから ずっと……」それから、子ライオンは、水瓶の為に 優しく微笑んで お話を聴かせていつまでも一緒に過ごした。
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そんなあらすじの話だった。一気に読み終え、本を閉じようとした時だった。
裏表紙を開いたところに キミの言葉を見つけた。
『いつもありがとう。わたしが頑張れるのは あなたのおかげ。待ってるね』
ボクは、数日のお出かけを終えて、家へと戻る途中に キミへ連絡メールを送った。
『土産があるから 部屋で待っていて』
『はい』それだけの返信でも 胸が高鳴った。
早く、早くと気持ちと足が急く。部屋の鍵なんて どうしてポケットに入れておかなかったんだ。ごそごそと玄関の前でバッグを探る。行きはあんなに整頓されていたバッグの中身はぐちゃぐちゃと いつもより酷く詰め込まれていた。やっと見つけた鍵でドアを開ける。
玄関の上り口に 揃えらたキミの靴を見たボクは脱ぎ捨てるように靴を脱ぎ、キミの姿のあるだろうリビングへ向かった。
「ただいま」
「おかえりなさい」
キミを抱きしめるボクとの間に キミは手を差し入れる。
「手、洗わなきゃ」
「いいよ。手なんて」
「っじゃあ、うがい……」
「キミとのキスが先」
温かいキミの唇が ボクをその場から離さない。
「あのさ」
キミは、また片づけを手伝ってくれようとしているか、そわそわしている。
「だからさ、こういうの 一緒にしていこうよ」
「え、任せてくれていいのに」
「これからは、一緒に 時計動かしていこうよ。同じ時をさ」
勘のいいキミは、はにかんだ微笑みをボクに向けてくれた。
いつも鈍感なボクにも それはわかったんだ。なんてね。
あ、ねえ あの本の作者って。
ま、いっか。今夜は そんなお話よりも キミと居たいだけ。
― 了 ―