キミと時を刻む
キミと居るとボクは、この時間の中に閉じ込められたまま、太陽が沈んでいく。
自分でも可笑しな言い方だと思う。だけど、ボクにそれ以上の表現を求めてみたところでまことに陳腐としかいえない言葉しか出てこないだろう。
言えたとして、キミの魔法に チチンプイプイとかかってしまったボクなんだ。
ほら、やめておけば良かった。後悔が背中に張り付いている。どけよ。
キミと出会ったのは、いつだっけ? なんてことを言ったら怒るかな。いや、キミは怒らない。きちんと 何時の何処でと答えるんだろうな。「忘れちゃった?」小首を傾げて微笑んでボクを見つめる。そんな可愛い仕草のおまけまでつけてくれそうだ。そんなキミと出会ってから ボクは 計画というものは立てるだけ。持ち物なんて気にしたことがない。
「あ、忘れ物!」と聞こえないような独り言にも キミがそれを差し出す。完璧なほど ボクはキミに悟られている。
だから、ボクは時間の中に閉じ込められているような感覚なんだ。
ボクの周りだけが 回っている。『ボクを中心に世の中回っているのさ』と言うんじゃない。
ボクの居る空間だけ 周りの動きに取り残されているようだ。
キミもその周りにいる。そして、いつだってボクに優しい。
きっと 理想的な待遇なのかもしれない。それを否定したら なんて我儘なヤツだと言われるのかもしれない。だけど、自由が窮屈だ。
いつもキミが居るという安心感の中で この先もずっとボクが居るとしたらボクって……
キミのなんだろう?
ある日のこと。
ボクは、取引先との同行で数日 出かけることとなった。出張というより気ままな旅。仕事を持ち込んだようなものではなく、メンバーからいえば 退屈が予想される。しかし、上司の依頼を断るわけにもいかず 身の回りの用意をする。週末をまたぐ日程は、キミと会えない残念さもあり、荷物は 気の重さも加わって重たかった。だんだん面倒くさく感じて 手も遅くなる。こんなことなら ちょっとアルコールでも飲んでみようか。
まったく… キミはどうして こんなときに現れるんだ。
ボクのお気に入りのハイボールの缶と気の利いたつまみをテーブルに運ぶと ボクをその前に座らせる。ふとキミの姿が見えなくなったと思えば、「用意できたよ」とボクの横に座っている。遠足前の母よりも 手際の良いこと 感心するよ。
そのあと、出かける前の愚痴をこぼしても キミは そう、そうなの。と頷き聞き役だ。
眠気とともに 話を終えたボクは キミへの想いと少しばかりの口寂しさに唇を重ねる。
柔らかなその感触は 媚薬にかわることもなく、ボクの睡眠薬になった。おやすみ。
その翌朝 目覚めたボクは、枕元に置かれた目覚まし時計のスイッチを切った。
はて、いつの間に合わせたんだっけ? という疑問はすぐに消える。キミしかいない。
ボクは、リビングにキミの姿を求め、急いでベッドを抜け出した。しかし、そこにキミはいない。そこにあるのは、揃えられた着替えと部屋の鍵。充電されているコードのついたままの携帯電話機。おまけに『コードは忘れずに持って行ってね』とメモ書きまでついている。その紙片の片隅に『おはよう いってらっしゃい』と走り書きまである。せめてキミの代わりにと着替えた服のポケットに押し込んだが、こんなボクだ、万が一 取引先の前でポロリと落としても困る。テーブルの上に置いて「いってきます」と呟く。
溜息だけ 部屋の片隅に残して、用意されたバッグの持ち手を握る。玄関に向か合うと磨かれた靴が 履いてくれるのを待っているかのように揃っている。靴を履き、部屋の中を振り返るが キミの姿などない。ただボクの頭の中にある キミの映像がそこに浮かべるだけだ。
冷たいドアノブを引いてボクは出かける。鍵をかける。鍵は良し。
鍵をポケットに入れて、再び出して、バックに入れ替える。当日に戻らない時はそうしている。以前からのボクの拘りの習慣だ。
待ち合わせにも充分な時間である。
取引先とのやり取りは、とりあえず無難にこなした。夕食のお疲れさまの一杯は旨かったし、そのあとの居酒屋での酒も同行した。だがその続きは、どうにも遠慮したいものだった。思えば、上司はこれを避けたかったのかとも考えた。
この調子で残りの日程はこなせるのだろうか。ボクは、うまく切り上げる策を思い巡らせる。キミは、何というだろうね。いつもキミがボクにしているようなことかなって ふとキミの顔が浮かんで和んだ。
それぞれの部屋に分かれ、やっと鎧を脱いだ気分になった。
キミの用意した荷物を広げる。いつもながら 丁寧に折りたたまれ、順番を乱さず取り出せる纏め方に疲れを感じない。
ふと、見慣れないものが入っていた。本? 何だろう……。
ボクは、バッグの隅に入っていたそれを取り出し眺める。どうみても 本だ。だけど、誰なんだ? 作家名がない。何処の出版社とも記載がされていない本。自費出版なのかな?
クレヨンで描いたような表紙。そして 題名が描かれている。やっぱり知らない。
【水瓶の中の小さな獅子は優しく微笑む】
そう書かれたこの本は、どんな話なんだろう。キミに尋ねようかな。何?って。
SF小説なのか、エッセイなのか、それともサスペンス。もしかして恋愛小説か。
部屋に置かれたソファに腰かけ、ぺらぺらと紙をめくる。印刷はしっかりとしている。やはり きちんとした本のようだ。疲れた目をその本に落とす。そのうち眠くなるさ。
十数ページ読み進むと、少し喉が渇いていることが気になり、冷蔵庫に入れておいた清涼飲料水を取りに行った。戻ってベッドの上に足を投げ出し、続きを読んだ。ベッド脇のピンポイントのライトに合わせて、枕を積み上げ、凭れて読み進む。とくに面白いフレーズもない。文字を追いながら どうしてこんな本をバッグに忍ばせたのだろうかと そんなことさえ考えていた。だけど、どうしてだろう。本を閉じる気持ちにはならなかった。
どこか オーバーラップする想いがそこにはあった。でも何だろう?
自分でも可笑しな言い方だと思う。だけど、ボクにそれ以上の表現を求めてみたところでまことに陳腐としかいえない言葉しか出てこないだろう。
言えたとして、キミの魔法に チチンプイプイとかかってしまったボクなんだ。
ほら、やめておけば良かった。後悔が背中に張り付いている。どけよ。
キミと出会ったのは、いつだっけ? なんてことを言ったら怒るかな。いや、キミは怒らない。きちんと 何時の何処でと答えるんだろうな。「忘れちゃった?」小首を傾げて微笑んでボクを見つめる。そんな可愛い仕草のおまけまでつけてくれそうだ。そんなキミと出会ってから ボクは 計画というものは立てるだけ。持ち物なんて気にしたことがない。
「あ、忘れ物!」と聞こえないような独り言にも キミがそれを差し出す。完璧なほど ボクはキミに悟られている。
だから、ボクは時間の中に閉じ込められているような感覚なんだ。
ボクの周りだけが 回っている。『ボクを中心に世の中回っているのさ』と言うんじゃない。
ボクの居る空間だけ 周りの動きに取り残されているようだ。
キミもその周りにいる。そして、いつだってボクに優しい。
きっと 理想的な待遇なのかもしれない。それを否定したら なんて我儘なヤツだと言われるのかもしれない。だけど、自由が窮屈だ。
いつもキミが居るという安心感の中で この先もずっとボクが居るとしたらボクって……
キミのなんだろう?
ある日のこと。
ボクは、取引先との同行で数日 出かけることとなった。出張というより気ままな旅。仕事を持ち込んだようなものではなく、メンバーからいえば 退屈が予想される。しかし、上司の依頼を断るわけにもいかず 身の回りの用意をする。週末をまたぐ日程は、キミと会えない残念さもあり、荷物は 気の重さも加わって重たかった。だんだん面倒くさく感じて 手も遅くなる。こんなことなら ちょっとアルコールでも飲んでみようか。
まったく… キミはどうして こんなときに現れるんだ。
ボクのお気に入りのハイボールの缶と気の利いたつまみをテーブルに運ぶと ボクをその前に座らせる。ふとキミの姿が見えなくなったと思えば、「用意できたよ」とボクの横に座っている。遠足前の母よりも 手際の良いこと 感心するよ。
そのあと、出かける前の愚痴をこぼしても キミは そう、そうなの。と頷き聞き役だ。
眠気とともに 話を終えたボクは キミへの想いと少しばかりの口寂しさに唇を重ねる。
柔らかなその感触は 媚薬にかわることもなく、ボクの睡眠薬になった。おやすみ。
その翌朝 目覚めたボクは、枕元に置かれた目覚まし時計のスイッチを切った。
はて、いつの間に合わせたんだっけ? という疑問はすぐに消える。キミしかいない。
ボクは、リビングにキミの姿を求め、急いでベッドを抜け出した。しかし、そこにキミはいない。そこにあるのは、揃えられた着替えと部屋の鍵。充電されているコードのついたままの携帯電話機。おまけに『コードは忘れずに持って行ってね』とメモ書きまでついている。その紙片の片隅に『おはよう いってらっしゃい』と走り書きまである。せめてキミの代わりにと着替えた服のポケットに押し込んだが、こんなボクだ、万が一 取引先の前でポロリと落としても困る。テーブルの上に置いて「いってきます」と呟く。
溜息だけ 部屋の片隅に残して、用意されたバッグの持ち手を握る。玄関に向か合うと磨かれた靴が 履いてくれるのを待っているかのように揃っている。靴を履き、部屋の中を振り返るが キミの姿などない。ただボクの頭の中にある キミの映像がそこに浮かべるだけだ。
冷たいドアノブを引いてボクは出かける。鍵をかける。鍵は良し。
鍵をポケットに入れて、再び出して、バックに入れ替える。当日に戻らない時はそうしている。以前からのボクの拘りの習慣だ。
待ち合わせにも充分な時間である。
取引先とのやり取りは、とりあえず無難にこなした。夕食のお疲れさまの一杯は旨かったし、そのあとの居酒屋での酒も同行した。だがその続きは、どうにも遠慮したいものだった。思えば、上司はこれを避けたかったのかとも考えた。
この調子で残りの日程はこなせるのだろうか。ボクは、うまく切り上げる策を思い巡らせる。キミは、何というだろうね。いつもキミがボクにしているようなことかなって ふとキミの顔が浮かんで和んだ。
それぞれの部屋に分かれ、やっと鎧を脱いだ気分になった。
キミの用意した荷物を広げる。いつもながら 丁寧に折りたたまれ、順番を乱さず取り出せる纏め方に疲れを感じない。
ふと、見慣れないものが入っていた。本? 何だろう……。
ボクは、バッグの隅に入っていたそれを取り出し眺める。どうみても 本だ。だけど、誰なんだ? 作家名がない。何処の出版社とも記載がされていない本。自費出版なのかな?
クレヨンで描いたような表紙。そして 題名が描かれている。やっぱり知らない。
【水瓶の中の小さな獅子は優しく微笑む】
そう書かれたこの本は、どんな話なんだろう。キミに尋ねようかな。何?って。
SF小説なのか、エッセイなのか、それともサスペンス。もしかして恋愛小説か。
部屋に置かれたソファに腰かけ、ぺらぺらと紙をめくる。印刷はしっかりとしている。やはり きちんとした本のようだ。疲れた目をその本に落とす。そのうち眠くなるさ。
十数ページ読み進むと、少し喉が渇いていることが気になり、冷蔵庫に入れておいた清涼飲料水を取りに行った。戻ってベッドの上に足を投げ出し、続きを読んだ。ベッド脇のピンポイントのライトに合わせて、枕を積み上げ、凭れて読み進む。とくに面白いフレーズもない。文字を追いながら どうしてこんな本をバッグに忍ばせたのだろうかと そんなことさえ考えていた。だけど、どうしてだろう。本を閉じる気持ちにはならなかった。
どこか オーバーラップする想いがそこにはあった。でも何だろう?