嘘でもいいよ vol.20 悪事
嘘でもいいよ vol.1
彼の勧めてくれた
シフォンケーキの美味しい店を探す。
その年の夏は、いつまでも長く
秋を通り越して冬がやってきた。
<シフォンケーキのお店、見つからないよ>
<今、どこなの?>
<公園の南側の駐輪場の入口>
<そのそばにテニスコートある?>
<うん>
<テニスコートの裏側になるんだけど>
<雨降りそうだね>
<ほんとだね>
朝の天気予報では、東京は3時過ぎには
ところにより、にわか雨が降ると告げていた。
今日は予報が当たりそうだ。
テニスコートを通り過ぎると
可愛い小さなケーキ屋さんが現れた。
<あった!ありがとう!>
<おすすめはねぇ~ラズベリーだよ>
<おいしそ~買ってみるね>
<うん>
彼はそのケーキ屋のある街の営業担当で
その日も、重いバッグを肩にかけて歩いていたんだろう。
私は彼の勧めてくれたケーキを二つ買った。
<雨降りそうだから、帰るね>
<うん、買えてよかったね、気をつけて>
大きな通りの信号を渡ればすぐ駅だ
家では風邪をこじらせた旦那が寝ている。
空はますます暗くなり、行き交う人はみな
肩をすくめ足早だ。
私は信号待ちをしながら、GPSで彼の居場所を確認した。
すぐそばに…いた。
<マルイに寄ってから帰るよ>
<うん>
<少しだけ 時間ない?>
<何処に行けばいい?>
<マルイの1階のエレベーター前>
<わかった>
私のしたいことは決まっていた。
彼と舌を絡ませたキスをすること。
私のしたいことはわかっていた。
彼の手で私の肌に触れて欲しいこと。
すぐに彼はあらわれ、私は何も話さず
エレベーターに乗り8階のボタンを押した。
彼が乗り込み私の後ろに立った。
扉が閉まった瞬間、私は後ろを振り向き
彼の首に腕を回して唇を重ねた。
彼は私の腰に手を当ててギュッと抱きしめ
舌を絡ませてきた。
私は彼の耳元で囁いた。
「どうして…近くにいたくせに…意地悪…」
それが 私たちの初めてのキスだった。
「ちょっと、おいで…」
エレベータを降り、建物から出て
信号を渡る。
私は彼の後を他人のフリをして
黙って付いて歩いた。
まだ雨は降り出しそうになかった。
作品名:嘘でもいいよ vol.20 悪事 作家名:momo