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その鳴くや哀し

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最初は、勇造は眩暈がしているのかと思った。辺りの景色がゆらゆらと動き、ハンドルが取られて車を直進させることが難しい。窓の外を見ると、左右の木々が激しく揺れ動いている。
勇造はこれが地震であることに気が付いた。それもかなり大きな地震だ。勇造は咄嗟にハンドルをしっかりと握りしめ、思い切りブレーキを踏みこんだ。この揺れの中を走り続けているのは危険だと判断したのだ。一瞬の判断だったが、これがこの上なく正しい判断だったことがわかるのに、それほど時間を必要としなかった。
急ブレークでタイヤがロックした勇造の軽トラは、激しいスキール音を響かせながら前輪を軸にして4分の1回転して、道路を斜めに塞ぐような形でつんのめるように急停車した。対向車も後続車もいないのが幸いだった。
まだ軽トラのハンドルを握りしめたままの勇造の目に、信じられない光景が映し出された。
前方の道路右手の山が、道路に向かってせり出すように動いて来たのだ。山の斜面に立っている木々が、まるで生きているかのように断末魔の痙攣と共に次々に倒れ込み、乱雑に山に飲まれて行く。それは、大規模な地滑りだった。山の急斜面を駆け下りて来た大量の土砂は、黒い津波となって県道に襲いかかった。黒い波頭が勇造の軽トラの前を走っていた赤い軽自動車をあっと言う間に飲み込む。鮮やかな赤い色がたちまち真っ黒い土砂に覆われて見えなくなる。大量の土砂は赤い軽自動車を飲み込んだまま県道左側の斜面を駆け下って行く。倒れて巻き込まれた木々が土砂の中から枝や根を突き出したまま、すさまじい勢いで土砂と共に流されて行く。いくつのも巨大な岩がその中をごろごろと転げ落ちて行く。軽トラの窓を通して、形容し難い音が大音量で響いて来る。勇造にとって、それは地獄の門が開いて行く音だった。
勇造の目の前のほんの数メートルほど離れたところで繰り広げられた信じがたい光景は、やがて唐突に終わった。まだ大量の土埃が辺りに舞う中、勇造は我に返った。
勇造はまだ自分がハンドルを握っているのに気が付いた。その手が小刻みに震えている。ブレーキを踏むのが数秒遅れていたら、自分の車もあの地滑りに巻き込まれていただろう。まさに間一髪だった。
そこでやっと勇造は赤い軽自動車のことを思い出した。地滑りに飲み込まれたあの赤い軽自動車に乗っていた子供は無事だろうか。勇造はまだ震える手で携帯電話を取り出した。
地震があったばかりだから、まだ電波はそれほど混んでいないはずだ。勇造はそう考えるだけの冷静さを取り戻していたが、110に電話すれば良いのか、それとも119なのか、その判断が付かなかった。勇造はついさっき急ブレーキを踏んだときとは打って変わった自分の判断力の衰えを呪いながら、1、1、0の順にボタンをプッシュした。

作品名:その鳴くや哀し 作家名:sirius2014