その鳴くや哀し
Ⅲ
現場に到着した阿部隆正は、その状況から困難な救助活動になるのを覚悟した。
急峻な山の斜面を削って片側1車線の県道が続いている。その県道が、幅50メートルに亘って大量の土砂で埋め尽くされ、路面が見えなくなっていた。土砂からは一面に木の枝や根が突出し、直径数メートルはありそうな岩があちこちに鎮座していた。山肌は幅50メートル、長さ100メートル以上に亘って崩れ落ち、地面の表面が立木ごと抉り取られて、黒い土がむき出しになっていた。
時刻は既に17時を回り、周囲は暗くなり始めていた。
隆正はその地滑りの現場から一番近い中核都市の消防本部に所属する特別救助隊、いわゆるレスキュー隊に所属している。
3時間前に発生した震度6強の地震の震源に近いこの地方では、あちこちで地滑りや山崩れがあり、道路が寸断されていた。人家がそれほど多くない地方であったことが不幸中の幸いで、家屋の倒壊は多かったが、現時点で確認されている人的被害はそれほど多くなかった。しかし物的損害は大きく、特に道路や橋梁といった社会インフラへの打撃が大きかった。人口減少地区で財政が厳しい自治体が多く、経年劣化で老朽化した社会インフラのメンテナンスに予算が回らないのだ。
この現場に来るにも、道路がいたるところで寸断されていたため、細い林道をかなり遠回りしなければならず、現場への到着が遅れたのはそのためだった。
一般的に、生き埋めの人を救助するタイムリミットは72時間と言われている。72時間を経過すると、生存率が6%を切ってしまうのだ。このため、黄金の72時間と呼ばれている。通報の通りこの大量の土砂の下に車が生き埋めになっているとしたら、ゆっくりしてはいられない。しかし、まだ余震が続いており、現場の足場も悪く、暗い中での救助活動は2次災害を招く恐れがあった。
レスキュー隊の隊長は、いったん引き揚げて翌日の夜明けから救助活動を行うことを決めた。
駆け付けたレスキュー隊員は、後ろ髪を引かれる思いで現場を後にした。
作品名:その鳴くや哀し 作家名:sirius2014