小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

魔王様には蒼いリボンをつけて ーEpisode1ー

INDEX|9ページ/22ページ|

次のページ前のページ
 

【見えない声】



「今日もラブラブっすね〜」

 ふたりが去ったと思ったら、今度はどこからともなく冷やかすような声が聞こえた。
 このお城の不思議なところもうひとつ。
 誰もいないのに声がする。

「坊(ぼん)に抱きつかれるなんて羨ましいっす」

 坊、というのは義兄のことだ。この声は10年前から義兄のことを「坊」と呼んでいる。
 「坊ちゃん」でも「ご主人様」でも「青藍様」でもないこのやけに親しげな呼び方に義兄の知り合いなのだろうかとも思ったのだが、彼に聞いても首を傾げるばかりで……この声の主はわからないまま今に至っている。
 それなのに、その声だけの存在と今では会話が成り立ってしまうのだから、慣れというのは恐ろしい。

「世間には何億も女がいますけどね、坊に抱きつかれるのはるぅチャンだけっすよ」
「そそ、グラウス様なんかあんなにいっつも一緒にいるのに」
「あの人は男じゃないの!」

 慰めているのかと思えば何処へ話を持っていく気ですかあなたがた。
 倒錯した世界を想像させるのはやめて。

「まぁ、あの人たちの夫婦漫才も面白いけどさぁ」
「坊はグラウス様には抱きつかねぇもんな」
「……いや、だから」

 ルチナリスが慣れたということは向こうも慣れているのだろう。小娘に怒鳴りつけられた程度で噂話は止まらない。

 この声は以前から、そう、ずっと子供のころからルチナリスのまわりで聞こえていた。
 空耳かと思ったりしたこともあったけれど、最近はもう思わない。
 こうダイレクトに話しかけてきたのでは。


 ノイシュタイン城は極端に人が少ない。執事が赴任して来るまでは、顔を合わせるのは義兄ただひとりだけだった。
 それなりの家柄らしいのに使用人がいない、ということは、本当は疑わないといけないところだろう。それも隠遁生活をしているわけではなく城下の人々ともそれなりに交流があるのだから、求人募集でもすれば容易に集まるだろうに、それもしない。
 お伽話のお城みたいに大勢の使用人が列をなして料理を運んで……まではいかなくてもいいけれど。

 いや、全くいないわけではない。
 厨房にいけば賄(まかな)いと称される女性もいるし、あんなおどろおどろしい庭でも専属で庭師がいる。ただ彼らは住み込みではない。定時になれば帰ってしまう。

 だがルチナリスを義妹(いもうと)と呼んで暮らすには、人が多くいなかったことが逆に功を成した。
 10年前、義兄に拾われたルチナリスは、当然、彼を兄と呼べるような立場ではない。
 まわりにもっと大勢の人がいたら「義妹」などという今のポジションにはいられない。義兄がどう言ったって聞かない執事みたいなのに寄ってたかって言い含められて、ただのご主人様とメイドに落ちついてしまうのがオチだ。
 義兄の身分をそれなりに知っているらしい執事が彼女に刺すような視線を投げかけるのは、きっとこの微妙な関係が気に入らないからなのだろう。
 「あなたはメイドなんですから」と何度も繰り返すのも頷ける。

 しかし当時はそうやって言い含める者がいなかった。
 幼少時のルチナリスは立場を越えて義兄にべったりとくっついていることができたし、義兄が彼女を義妹と呼ぶことに異を唱える者もいない。それどころか本当に妹のように可愛がってくれたのだが……それでめでたしめでたし、と終わらないのが現実。
 見た目年齢差がなくなって来た昨今、今度はルチナリスのほうが意識して義兄とは距離を置くようになってしまっている。

 だってそうでしょ?
 これでも一応は恋に恋するお年頃。一番身近にいるのが見た目も家柄も完璧な王子様系だったら、意識するなってほうが無理な話よ。
 身分が違う、意識しちゃいけない、と頭の中でいくら思ってたとしても。

 そして、そんなルチナリスの言い分を当の義兄のほうはわかる気などサラサラ持ち合わせてはいない。
 避けられているのは愛情表現が足りないからだ、と言わんばかりの最近の過剰なスキンシップは、その表れであるらしい。


「あんまり邪険に扱うと坊(ぼん)に突撃されるかもっすよ」

 声は冷やかすように言う。
 せせら笑っているようにも聞こえるのは本当に面白がっているからに違いない。

「突撃ってなに!?」
「坊(ぼん)、ああ見えて独占欲強いっすからねぇ。るぅチャンなんかいつか手込めにされると俺らは見てるっす」

 そんな無茶な。
 ルチナリスはそんな声を聞き流す。
 お昼の奥様向け情欲満載のお話じゃあるまいし、10年育ててくれたお兄ちゃんがいきなり変わるとは思えない。スキンシップは過剰だが、その手の感情が見えたことなど1度もない。
 朝のアレだって、まるで小さい子が甘えてくるかのようにくっついてくるのだが、そこに男女の独占欲は存在しない。
 そう。自分に女としての魅力はないのだろうか、と悩むほどに。

 変よね。
 意識しちゃいけないと思ってるのに、全く女扱いされないことにも不満だなんて。
 でもそれが今の関係。あたしはこの生ぬるい生活を壊したくはない。

 だが。

「よく今まで手ぇ出さないな〜とそっちのほうが不思議」

 ルチナリスの心の内を読んでいるのか、声は小馬鹿にしたような笑い声交じりにそんなことを言う。
 こっちはあの義兄からそんな考えを思いつくほうが不思議だわよ。ルチナリスは心の中で舌を出した。第一、あの執事が始終目を光らせている環境でそんな事態はまずあり得ない。何を期待しているのか知らないけれど絶対にあり得ない。
 それなのに、声はこうやって毎日のように煽ってくる。

「坊(ぼん)のこと放ったらかしにしとくとグラウス様に取られちゃうかもっすよ〜」
「いや既に取られかかってる」

 ……こんなふうに。

「だからあの人は男でしょ!!」

 見た目以上に無鉄砲な義兄に、執事が手を焼いているのは日常茶飯事のことだ。
 冗談抜きにネズミを追いかけて行ってしまいそうな義兄を一ヶ所にとどめておくのは苦労するだろう。
 それにもまして素性もわからないルチナリスを簡単に妹にしてしまうくらいなのだから、義兄の言動はかなり一般常識からはかけ離れている。

 そんな執事に、過保護なんだと義兄は笑うだけだけれど。
 歳が近いから気が合うところもあるのだろうし、執事からしてみれば「目を離すとなにをしでかすかわからない」と言う懸念によるところなのだろうが、彼らは多分に一緒に行動していることが多い。
 言いかえれば「見張られている」とも言う。

「いやぁ、るぅチャンには大人の事情はまだ早かったっすねー」

 それが声の主には主従関係以上に見えるらしい。
 噂をする分には面白いのかもしれないが、本人たちには気の毒だ。
 それに関してのみ、あの執事に同情できる。
 10年来の宿敵だが。