魔王様には蒼いリボンをつけて ーEpisode1ー
「……いい加減にしなさいルチナリス」
なおも義兄に突っかかろうとしていると冷やかな声が聞こえた。
声の方を見ると、執事がこの世のものとは思えないほど冷たい目で見下ろしている。
背が高いからなお見下ろされているように感じるのかもしれない。ルチナリスとは30cm以上の身長差がある。義兄からなら10cmちょっとくらいだが、そんな彼からでも見下ろされているように見えるらしい。上目遣いで、それでいて目を合わせようとしない。
あぁ、そんないたずらがバレた子供が親を見るような目をしなくても。
こういうあたり、義兄は執事に弱い。
「グ、グラウス様。いつからここに!?」
義兄といい執事といい、気配を消してくるのはやめてもらえないだろうか。心臓に悪過ぎる。
しかし心の中で散々苦情を言ったところで、彼らに伝わるはずもない。
……いや、もしかしたら伝わったのだろうか。
執事が射るような視線を向けた。
「青藍様があなたに抱きついている時からずっとです。いいですかルチナリス、長い付き合いかもしれませんが主人が大目に見ているからと言ってもあなたは使用人。自分の立場はわきまえなければいけません」
ちょっと待て。
もとはと言えば抱きついてきたのはそっちであたしは被害者。なんであたしが怒られるの!?
そう言い返したいが、言い返したところで更に正論で武装した嫌味が降って来るのは今までの経験から確実にわかっている。
この人は苦手だ。
羨ましいくらいの綺麗な銀色の髪だし長身だし顔もそこそこ。確かナントカという学校を首席で卒業した秀才なのだと義兄から紹介された憶えがある。
執事としては優秀なのかもしれない。この若さで主から城の全てを任されているのだから。
だが怖い。怖いし、冷たいし、言いたいことを言う。
他にメイドがいないからだろうか。仕事以外にも立ち居振る舞いからテーブルマナーに至るまで、この執事から小言を受けなかった日はない。赴任してきて以来、義兄ですら頭が上がらないくらいだから、実質この城のNo.1は彼なのかもしれない。
この城に悪魔がいるのだとしたら、まず間違いなくこの人だろう。
「グラウス様もネズミ追いかけてたんですか?」
「そんなわけないでしょう」
そう言う執事の上着の袖にもかすかに汚れがある。
ふたりでなにをやっていたのだろう。やっていないと口では言っていても、この執事の場合ご主人様について地下室でも天井裏でも行きそうだ。生真面目な分、義兄より熱中して追いかけていたりして。……と言っても推測の域を出ないけれど。
じっと袖口を見つめながらそんなことを考えていると執事がひとつ咳ばらいをした。
我に返ったルチナリスは慌てて顔をそむける。そむけて、顔を動かさないように目だけで窺う。
あたしはこの執事に嫌われているのに違いない。いや、確実に嫌われている。そういう態度が端々から見える。
例えば、義兄があたしにくっついてくる度に冷やかな視線が飛んで来るとか。
それも視線だけで済んでいるのは最近だ。最初は子供心に殺気まで感じた。
この兄妹プレイのどこまでが彼の許容範囲なのかはわからないが、万が一にも手を出すような事態だけは阻止してくるだろう。
そしてきっと、あたしは義兄をキズものにしたと言ういわれのないレッテルを貼られて追い出されるに違いない。実際にキズものになったのはあたしのほうだとしても。
「そんなに目くじら立てずに」
無表情に見下ろしている執事を義兄が困ったようにとりなす。
執事は溜息をつくと、つい、と義兄に視線を移した。
「青藍様。この際だから言っておきますが、あなたがルチナリスを甘やかすから」
説教の矛先が変わったのを感じたのか、義兄も思わず後ずさる。
本当に。
これではどちらが上だかわからない。
それでも義兄はまぁまぁ、と執事の肩を叩くと、くるっと踊るように背に回った。
背後を取られた執事が肩越しに義兄を見る。
「話は終わっていませんよ」
「うん、向こうでゆっくり聞いてあげるから。さ、俺たちはるぅちゃんのお仕事の邪魔になるから退散しましょう。ね」
義兄は笑顔のまま執事の背中を押しやった。
「ルチナリスにもまだ言わないといけないことが、」
「あ、るぅちゃん、あとでお茶持って来てねー」
「だいたいあなたは、」
小言が遠ざかっていく。
……なんだったんだ今のは。
ルチナリスが我に返った時には、既に彼らの姿はなかった。
作品名:魔王様には蒼いリボンをつけて ーEpisode1ー 作家名:なっつ