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魔王様には蒼いリボンをつけて ーEpisode1ー

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【勇者が町にやってきた】



 ノイシュタイン城下町は山の麓にある小さな町だ。
 が、町を挟んだ山の対角には海が迫っている。山も海もある美味しい土地柄と言えば聞こえはいいが、開けていない土地というのは案外発展できないもので、ここも寂れた田舎町といった風情を醸し出している。


「ふう」

 ルチナリスは町の入口で立ち止まると息を吐いた。
 木でできたアーチ状の看板には「ようこそノイシュタインへ」という剥げかかった文字が躍っている。町側から見ると「いってらっしゃい、よい旅を」と書いてあるアレだ。いかにも手書きのその文字が、とてつもなく田舎っぽい。

 この町に来るのも何日ぶりだろう。そんなことを思う。
 城下町とは言え、此処は城とは全く空気が違う。城では嗅ぐこともない魚の匂いは、ああ本当に来たんだなぁ、という小(プチ)旅行感すら感じさせる。
 なんせルチナリスの本拠地(ホーム)は山の中腹にある城。
 仕事が早く終われば残りの時間は自由にしてもいいとは言え、ちょっとやそっとの暇で外に遊びに行けるような環境ではない。
 行きは下り、帰りは上り、というのも出不精になる要因かもしれない。

 そんな一介のメイド娘から「近くて遠い国」感を感じられているノイシュタインの町は、今の領主の茫洋とした性格を表しているかのような、一見穏やかな……言い方を変えればつかみどころのない町だ。
 ごく普通にある海辺の田舎町にしか見えないけれど、この町はただの田舎町ではない。

 空を仰ぐと白い雲が細い筋になって流れて行くのが見えた。まるで風の精霊が舞っているように軽やかに。片や、かすかに聞こえる波の音はセイレーンの歌声に似たメロディーを奏でている。
 こんな町だから本当に精霊を見たと言う人もひとりふたりではない。それが真実かどうかはわからないけれど。
 ふわり、ふわり、と夢と#現__うつつ__#がないまぜになったような温かさはどこまでも曖昧で。でも、もしそうなら人間も人間ではないものも友好に暮らしているのではないだろうか。
 他の町からすると精霊が昼日中に出てきたりするのはかなり異常なのだそうだが、しかし、ここではそれをいちいち問題にする者はいない。
 領主の居城が悪魔の城なんて呼ばれているくらいだから、その手の話題には慣れているのだろう。


  .。*゚+.*.。   ゚+..。*゚+


 特に目的もなく散策すること数分。
 小間物屋の店先で、蒼というには明るめの色をしたリボンが風になびいていた。
 その色に、#義兄__あに__#の瞳の色を思い出す。
 あの深い蒼は、光が入るとこんな色になる。

「あら、るぅちゃん、久しぶりねぇ。領主様はお元気?」

 立ち止まったルチナリスに小間物屋の女店主が気づいて声をかけてくる。
 子供にとっては八百屋や魚屋より雑貨が並ぶ店のほうが魅力的に映るように、ルチナリスも小さい頃からよくこの店先をのぞいていた。小銭を握り締めて初めての買い物をしたのもこの店だ。
 義兄に連れられてこの町に来たルチナリスにとって、この女店主は数少ない顔見知りと言える。

「最近、領主様見ないから心配してたんだよ。ノイシュタイン城の悪魔にいじめられてるんじゃないかってね」
「そんなことないですよぉ」

 笑いつつも執事に散々小言を言われまくっている義兄を思い出す。
 ある意味、いじめられている。

 女店主は頬に手を当てて城のある山の中腹を見上げた。

「そうは言ってもね、あのお城気味が悪くて……あぁ、るぅちゃんの前で言うことじゃないんだけど。先祖代々の城だかなんだか知らないけどもうちょっと明るくならないのかねぇ」

 鬱蒼とした木々に半ば埋もれている城は、昼日中だと言うのに胡散臭さを漂わせている。悪魔の城と呼ばれているからそれっぽく仕立ててあるのか、この見た目のせいでそう呼ばれるのか、それは定かではない。
 けれど。
 同感だ。ルチナリスは女店主の言葉に深く頷いた。
 あの城の外観をどうにかしてくれ、と、何度義兄に言ったことだろう。その度に後でねー、とか考えとくー、とか適当にはぐらかされてきた。
 領民が気味悪がっています、と訴え出れば、いくら適当が服を着て歩いているような義兄でも少しは考えるかもしれない。

 城を見上げていたルチナリスの視界の端で、光が反射する。
 目をやると、鎧を着た集団が通りを歩いている。光ったのは剣士の鎧か、額あてに付いた宝石だろうか。
 いでたちからいって、この町によく訪れる冒険者の一行だろう。特に名前を明示しながら歩いているわけでもないので、町の人たちはひとくくりに「勇者様」と呼んでいる。
 悪魔に精霊に勇者様。
 ファンタジーの世界を地でいっている町ってあまりない。

「また来たわね、勇者様」

 女店主は眩しそうに、通りを歩いて行く一行を見やった。
 彼らはこの町で食糧や薬草を買い、宿に泊まり、武器防具を調達する。ここノイシュタインは彼らがお金を落としていってくれるおかげで潤っている、と言っても過言ではない。
 穏やかな町には不釣り合いすぎる鎧が、日の光を浴びて鈍く光る。その傷み具合から、かなりの修羅場をくぐって来た猛者であることは、戦闘経験皆無なルチナリスでもわかった。
 城のまわりでスライムを倒し続けて経験値を稼いだのではなく、ドラゴンや一つ目の巨人のような一生に一度出会えるかどうかと言う怪物を相手にしたこともあるに違いない。肩を並べて談笑している弓使いと僧侶もそれなりに強そうだ。
 近くに有名なダンジョンでもあるのだろうか。こんな片田舎に何の用が……。

「早く悪魔を退治してほしいものよねぇ。そうすれば領主様も安心して暮らせるのに」

 女店主はぽつりと呟く。

「悪魔退治?」

 ルチナリスは彼女の言葉をオウムのように聞き返した。
 初耳だ。
 この町には悪魔が出るのだろうか。
 しかしそのわりには町の人々に暗い影はまるでない。