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魔王様には蒼いリボンをつけて ーEpisode1ー

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 この義兄は少し変わっている。
 変人、と言う意味ではない。まぁ多少……人格的にも変わってはいるが。

 1番変なのは外見だろう。
 さらさらの黒髪と蒼い瞳。小さい頃はドレスを着せても似合ったんじゃないかとすら思わせる彼は、何故か10年前から全く見た目が変わらない。
 見た感じは10代後半〜20代。普通に考えればまだまだ成長できる、と言うかする、と言いきってもいいはずだ。
 おかげで出会った頃は年の離れたお兄ちゃん(もしかしたらとっても若いお父さんでもいけるかもしれない)だったのが、今では5歳くらいしか差がないように見える。

 子供の10年と大人の10年では、成長度合いはかなり違う。だがそれを見越しても、義兄の容貌は変わらなさすぎた。
 ……あと数年してあたしのほうが追い越してしまったら、いや、あたしがおばさんやお婆さんになっても変わってなかったらどうしよう。
 ルチナリスのもっぱらの悩みはそこにある。


 ホールド中の義妹に日々そんなことを思われているとは露知らず、彼は無邪気な笑みを浮かべた。

「今どこに行こうとしてたのかな?」

 笑顔だけ見れば和む人もいるかもしれないが行動が伴っていない。なぜここまで羽交い絞めにされないといけないのだろう。
 この腕がもう少し上に、そう、首のあたりにあったら確実に窒息する。

「え、いえ、お掃除を、」
「玄関ホールは行ったら駄目って言ったよね?」
「行きませんって! 絶対!!」

 締め付ける力はほとんど感じない。それなのにびくともしないのはあたしがか弱い乙女で、向こうはまがりなりにも男だということなのだろうか。
 ちょっと悔しい。
 くっそう、いっつもデスクワークしかしてないくせに!
 ルチナリスは心の中で、これまた何十回目ともつかない文句を叫ぶ。


 この城にはルチナリスが立ち入ってはいけない場所がいくつかあった。
 玄関ホールもそのひとつ。
 滅多に来客のある城ではないが、顔である玄関ホールくらい綺麗にしておくのが普通だろう。
 しかし唯一のメイドであるはずのルチナリスは一度も入らせてもらえない。近付こうものなら監視でもしているのかと疑いたくなるほどに、いつの間にか背後に回り込まれている。今回のように。
 その度に気配まで消してくるのだから性質(たち)が悪い。

 いや、もしかすると。
 あの不気味な石像だらけの前庭から察するに、玄関ホールもかなり凄いことになっているのかもしれない。義兄が頑なに近づけさせようとしないのは、きっと女子供にはショックが強いものが置いてあるのだろう。
 古いお城によくあるわよね、棺桶の中に無数の太い針が付いていたりするアレとか。
 それを思うと怖いもの見たさで行ってみたい反面、なかなか足が進まない。扉を開けたら真正面にアレが口を開いて待っていたりしたら怖すぎる。血糊がこびり付いていたりしたら……いや、今まさに何か挟まってました、とばかりに赤い液体が滴っていたりしたら冗談では済まされない。


 そんな怖い想像の世界から現実に帰って来てみると。

「あー! なにこの袖――っ!!」

 視界に入ったのは義兄のシャツの袖にばっさりと付いた切り裂き痕。ところどころ汚れているし、焼け焦げたような染みまで見つけてしまった。
 怪我はしていないようだが日常生活で付くようなものではない。

 冗談ではない。
 誰が洗濯してると思っているのよ! あたしはアイロンがけだって苦手なのに!! 
 と言うより、このシャツは既に洗濯で再生できる域を超えている。

「なんで破れてるの!? ここも、ここもこんなに汚して!」
「あ、いや、ええと」

 袖を掴んで勢いよく振り返った義妹の変貌に義兄がひるむ。
 緩んだ腕から首尾よく逃れたルチナリスは、振り返ると今までべったり張り付いていた人を上から下まで見なおした。全体的に埃っぽい。

「髪も梳かしたばっかりなのにクチャクチャで! いったい何やって来たんですか!? また地下室でネズミでも追いかけてたんですか!?」

 せっかく見た目がいいのにこれでは台無しだ。いい歳した大人が、しかもそれなりの地位にいる人がどうして朝から埃まみれになっているのだろう。
 前に似たようなことがあった時はネズミを追いかけていたなどというふざけた答えが返ってきて、呆気にとられた間に逃げられたが……2度目は通じないわよお兄ちゃん。

 まさか掃除の邪魔をするためにわざと埃を撒き散らしにきたわけではあるまい。
 まさか。まさか、最近抱きつかせてくれないからその腹いせに?
 いや。
 あの笑顔の裏でそこまで陰湿なことを考えるような人ではないはずだ。