魔王様には蒼いリボンをつけて ーEpisode1ー
「それでいいのですか?」
えー! とかなんでー! とかガーゴイルたちが大騒ぎする中、執事はなにか言いたそうな顔で義兄を見た。
「もともとるぅは預かってただけだ。俺とは縁もゆかりもない」
義兄は俯(うつむ)いたまま、巻かれた包帯を右手で撫でる。
「うすうすはるぅも感じ取ってるだろう。俺たちの時間とるぅの時間は違う。いつかはボロが出る」
毎日考えされられていた悩みも、あの時感じた違和感も。
ルチナリスは義兄の左手に目を向けた。
白い真新しい包帯の、あの下にあるのは……あれは、あたしを庇って負った怪我。
人間のあたしを、人間じゃないあの人が庇った時の。
義兄の見た目が何年たっても変わらないはずだ。
この人たちはあたしとは違う。あたしだけじゃない。この城の外に、この世界に生きている人たちの誰もが義兄たちとは違う。
義兄たちは人間よりずっと長い時を生きる種族。あたしたちたちが「悪魔」と呼んでいる……。
「それで、いいのですか?」
「そうっすよー。坊(ぼん)、あんなにるぅチャンのことかわいがってたのにィ」
「無理矢理押し付けられて手元に置いてただけだ。どうせいつかは外に出すつもりだったし、別に今いなくなったところで、」
そんな義兄の声を遮るようにグラウスが呟く。
「私には本当の妹に接しているように見えましたよ」
「そう? 騙されただろ」
「青藍様」
「俺は騙してきたんだよ。るぅも、お前も」
自嘲気味な義兄の声と、言葉を選びながら紡いでいるような執事の声だけがルチナリスの耳に届く。
「私は人間は嫌いですが……あなたが笑って下さるのなら小娘ひとりくらい手元に置くこともいいかと思っていました。それを、」
あたしの村を襲ったのは悪魔だ。
悪魔が来なければ、村の皆とも、育ててくれた神父様ともずっと一緒に平和なままでいられた。あたしは孤児だったから親も姉妹もいなかったけど、それが最良の幸せだと思っていた。
ううん、きっとそれも幸せ。
日が落ち、子供たちがひとり、またひとりと親に連れられて行って、いつも最後に残っても。
大人にわがままを言って甘える友達を少しだけ羨ましいと思っても。
あたしには神父様がいるんだって。
それだけであたしには過ぎた幸せなんだって、そう思……。
そんなあたしを妹だと言って可愛がってくれたのは、他の誰でもなく、この人。
でも、この人は、「悪魔」。
「押し付けられただけで10年も一緒にいられるものではないでしょうに」
「いたんだよ。不思議だろ?」
険しい顔をしたままの執事に、義兄は笑う。
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「楽しかったよ、るぅ」
そんな声がして、ルチナリスの目の前に影が差した。
義兄が片膝をついてしゃがみこんでいる。
少し躊躇(ためら)ったように手を上げた彼は、そのままその手を「義妹」と呼んだ娘の頬に添えた。
「……お別れだ」
蒼い瞳にゆらりと紅い光が灯る。
「これからは人間として人間の中で生きなさい。いいね、”ルチナリス”」
視界がぼやける。
いや、ぼやけている。目の前の光景が、歪んで混ざって霞んでいく。
ガーゴイルたちも、無言で立っている執事も、悲しそうな義兄の笑みも。
白く。
白く。
目が覚めたらみんないなくなってるのかな。
あたしのそばに誰かいたことも、忘れちゃってるのか、な。
あたし……。
『どうか、青藍様がもっと笑ってくれますように――』
耳の奥で、幼い日の自分の声が聞こえた。
その声は小さな鈴のように真っ白な中を跳ね回る。
その跳ねた場所に光の輪が広がっていく。
リィ……ン、リィ……ン……と。
作品名:魔王様には蒼いリボンをつけて ーEpisode1ー 作家名:なっつ