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魔王様には蒼いリボンをつけて ーEpisode1ー

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【兄妹なんてそんなもの】



「駄目!」

 ルチナリスは義兄(あに)の手を両手で掴んだ。

「あたし、青藍様と別れるの、やだ」
「るぅ」
「ひとりぼっちになるの、やだ……」

 視界がぼやけているのは涙のせいよ。魔法じゃない。そう自分に言い聞かせる。
 目をこすったら見えるようになるかもしれない。でもこの手を離すわけにはいかない。
 つながっているのはこの手だけ。
 すぐ目の前にあるはずの義兄の顔すら、今のあたしには見えない。
 
「お前が言うように俺たちは人間じゃない。いや、人間を襲う立場だ。……人間の、敵なんだよ」

 義兄は掴まれた手を解くこともないまま、そう言う。
 まるで「人参を食べなきゃ大きくなれないんだよ」とか「夜遅くまで起きていたら朝起きられなくなるよ」みたいな言い方で、敵だ、と――。

 そんなこと知ってる。
 出かかった言葉をルチナリスは飲み込む。
 ついさっきあたしがそう言ってこの人をなじった。10年間ずっと優しいお兄ちゃんだったこの人を。

「もうお前はひとりで生きていける。人間の世界に戻りなさい」

 ……いいことじゃない。
 今までがおかしかったんだから。
 こともあろうに敵を慕ってたのよ、あたしは。

 どこまで馬鹿なのよ、って笑ってやりたいくらい。

 馬鹿よ。

 馬鹿だわ。

 本当なら正体を知られた、って殺されても食べられても文句は言えなかったのに……この人はあたしを外に出すって言っているのよ!?
 町の人に正体が露呈するかもしれないのに、それなのに。

 どうして? あたしの言うことなんか、いつもみたいにはぐらかしてくれればいいのに。
 どうして今日はあたしの言うことを否定してくれないの?



「青藍様、」

 執事の声がする。

「嬉しいだろ? やっとこいつが視界からいなくなるんだぞ」

 くつくつと自嘲気味に笑う義兄の声に合わせて、ルチナリスの手の中の義兄の手も小さく揺れる。

「……あなたがそんな顔をしているのに喜べ、と?」


 どんな顔をしているの?


「おかしなことを。俺がるぅを手元に置くのをあれほど嫌がってたお前が、何故今になって咎(とが)めるようなことを言う」
「咎めてはおりません。主が決めたことに私は従うのみですから」
 

 あたし、どうしたらいいの……?



「坊(ぼん)、考えなおしましょうよ。るぅチャンはこう見えて結構世間知らずっすよ? 今追い出したら悪い男につかまって身売りして日銭を稼ぐような生活になるかもしれないっすよ?」
「可愛いるぅチャンがそんなになるのは嫌でしょー?」
「そんなに拗ねないでさぁ」

 ガーゴイルたちの声もする。

「それにるうチャン外に出しちゃって、もし坊(ぼん)が魔王だってバレたらここにいられなくなるっすよ」
「任期は務めた」
「次の魔王様だって魔族じゃないかって疑われるっす」
「それは魔界がなんとかするだろう? 今まで領主と兼任してもバレないように操作してたんだから」


 どうしたらいいの? あたしが、悪いの?
 あたしが。
 あたしが。

 あたしが……。

 あたしの、せいだ。


 全部、あたしの。

 あたしが敵だ悪魔だってなじったから。嫌ってる素振りを見せたから。
 だからこの人はあたしの前から姿を消そうとしている。たまたま居合わせただけのあたしを拾って、10年間義妹だって言ってそばに置いて。この人があたしを育てるのは義務でもなんでもなかったのに。

 それなのに、今度はなにも言わずに消えようとしている。

 この人は悪魔。
 この人は魔王。
 でもそれは悪魔の頂点に立って人間を狩れと命令する存在ではなくて。
 領主をするかたわら、やってくる勇者の相手をするだけで。
 
 そして。
 


 あたしのお兄ちゃんなのよ。





「ごめんなさい……」

 ルチナリスの声に、握っている手が揺らいだ。

 ごめんなさい。勝手なことばかり言ってごめんなさい。
 敵だって言って。悪魔だって言って。
 それでもこんなことを思うあたしを。

「あたし、やっぱり……そばにいたい。悪魔でもいい」

 だってあたしの村を襲ったのはあなたじゃない。
 ここであなたを恨むことは、魚が腐っていたと八百屋に文句を言うのと同じこと。あなたがどんな人だかなんて、この10年見て来たあたしが1番よく知ってるわ。
 そうよ。
 あたしにとっては、「悪」なんかじゃなかった。

 馬鹿だわ。あたし。
 一時(いっとき)の感情で捨ててしまうところだった。一番大事なことを。


「あたし、青藍様といたい。です」

 もう、駄目ですか? お兄ちゃん。


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「……本当にそれでいいの?」

 小さく呟かれた声と共に義兄の手がすい、と離れる。あ、と思う間もなくその手はルチナリスの瞼を塞いだ。
 しばらくしてゆっくりと外された手はそのまま彼女の頬を拭い、くしゃり、と髪を乱していく。


 視界が、揺れる。

 見える。
 蒼い瞳は髪に結んだリボンと同じ色。


「ここには、こいつらもいるんだぞ。お前、怖いって言ってただろ?」

 義兄の声に執事が苦笑いしてながら腕を組むのが見えた。
 こいつらってなんすかぁ!? と騒ぎ出すガーゴイルの声もさっきまでの霧の向こうから聞こえるような声じゃなくて……その煩(うるさ)さまでもが今のあたしには懐かしい。

 目をこすった。ちゃんと見えるように。そして義兄であった人に、これからも義兄であろう人に笑顔を向ける。  
 大丈夫。
 これでもこの人の妹を無駄に10年やってないわ。
 あたし、ひとを見る目はあるつもり。


「そ、か」

 義兄は微笑むと右手を差し出した。

「お手をどうぞ、お嬢さん。ノイシュタインにようこそ」


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 あたしの家はこのお城。

 優しい悪魔たちが、
      ううん、あたしの「家族」が住んでいるの――。