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魔王様には蒼いリボンをつけて ーEpisode1ー

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「ルチナリスは不器用ですね」

 その包帯が喋った。
 いや違う、と思う間もなくルチナリスの手から包帯が消える。
 見上げれば執事が上から包帯をつまみ上げていた。もう片手は、と見れば義兄の手首を掴んでいる。
 1時間かかっても包帯ひとつ巻けないメイドに業を煮やしたのだろうか。執事は身を竦(すく)ませた義兄のそばに片膝をつくと、そのまま手際よく包帯を巻き始めた。
 たるみもなく、歪みもなく。芸術品かと思うような出来栄えが数分も経たないうちに出来上がる。

 はぁ、こんなとこまでやっぱり優秀……とルチナリスの胸の内に僻み混じりの感想が浮かんだ。それと同時に彼女の周囲からはおおおおおおお! と歓喜の声が上がった。
 化け物の目からしても感動する出来なのだろうか、とも思ったが。
 魔王様を取り囲んでいる彼らはルチナリスと同じ光景を見ていたわけではないらしい。

「やっぱり手を握、」
「握りあってない!!」
「#坊__ぼん__#ってば素直じゃないっすねー。俺らの目には背景に薔薇が見えるっすよ」
「お前らの目がおかしいだけだろうが!」
「おとなしくして下さい」

 ガーゴイルに殴りかかりそうになっている義兄と、その左手を捕まえて包帯を結んでいる執事。変な構図だけど、妙に違和感がないのはどうしてだろう。
 このふたり、化け物たちと馴染み過ぎ。

 これは目の錯覚だろうか。いや、こんなリアルな錯覚があってたまるか。
 ルチナリスは義兄に目を向けた。
 どこも違っていない。いつもの義兄だ。ちょっと天然でちょっと子供っぽくて、10年間あたしの隣にいたお兄ちゃんだ。
 しかし喧嘩の相手はどう見ても人外。ただの人間なら普通は知りあう機会もないはずの、悪魔の姿をしたもの。

 でも。

 同じ城の中に10年もいたんだもの、知り合う機会だってあるに決まっている。妙に馴れ馴れしいこの人外が、義兄たちに話しかけないはずがない。
 それにあたしたちを食べようとは思っていないみたいだし、害がないのなら馴染んだっておかしくはない。喧嘩腰になっても大丈夫なくらい、きっと無害なのだろう。
 そう納得しようとする一方で、つい先ほどの光景が脳裏によみがえる。

 暗闇の中で身を翻した彼を。
 身動きがとれないほどに痛めつけられた勇者一行を冷たい目で見下ろしていた、あの紅い瞳の義兄の姿を。
 あれは……。

 しかしそこで確かに見た瞳の紅(あか)は、今は完全に蒼(あお)の中に消え失せている。


 .。*゚+.*.。   ゚+..。*゚+


「青藍様」

 呼ばれた声に、義兄は包帯を巻かれた左手を右手で触れながらルチナリスを見た。

「……さっき、お姿が違う気がしました」

 執事が眉間に皺を寄せたまま、探るように横目で義兄を見た。

「坊(ぼん)はこう見えてもメフィストフェレス様のご子息なんすよ――!」

 あっさりとその沈黙を破ったのは、やはりガーゴイルたちだった。

「いいっすよねぇ。貴族様ん中でもあんな角と羽根持ってるのってそんなにいないんすよー」
「いかにも由緒正しい魔王様って感じでぇ」
「ねー、前の魔王様なんかビジュアルは牛だったもんなぁ」

 化け物たちは一斉にルチナリスを取り囲むと、目を輝かせて「魔王様」の自慢話を始めた。
 自慢?
 あれ? この化け物たち、今、なん、て?
 お兄ちゃんは……「人間」、よね……?

「お前たち……空気を読みなさい」

 さも頭痛がすると言わんばかりに執事がこめかみを押さえる。

「あれ、喋っちゃいけないことだったっすか!?」
「いけないことですよ」

 義兄の傍(かたわ)らに跪(ひざまず)いていた執事はすっ、と立ち上がった。
 まるで主を隠すようにルチナリスの前に立ち塞がる。

「だから言ったでしょう? いくら正体を隠したとしても、偽りの上の生活はいつかはもろく崩れ去ってしまう」

 執事はルチナリスを見下ろしている。
 しかし発したその言葉は……背に隠した人に向けられているようだった。



 メフィストフェレス。
 ……聞いたことがある。ルチナリスは記憶の蓋に手を伸ばす。
 ずっと昔、あたしが村に住んでいた時のおぼろげな記憶のどこかで。あの時、誰かがそんなこと言ってなかったかしら。
 この世には悪魔と呼ばれる存在がいる。
 その中でも伝承に出てくるような悪魔はその力も一際(ひときわ)強く……。

 思い出した。
 羽根の生えた化け物が茜色の空を埋め尽くした、あの日のことを。



 悪魔の城に悪魔は存在していた。
 ずっと、あたしの隣で。あたしに知られないように、ずっと……ずっと真実を隠したままで。

「騙してた、の……?」

 義兄は答えない。

「騙してたの!?」
「るぅチャンそれは違うっす!」

 義兄が答えるかわりにガーゴイルたちが割り込む。

「何が違うのよ、悪魔のくせに!」
「悪魔悪魔って、坊(ぼん)はるぅちゃんになにか悪いことしたっすか!?」


 そうだ。あたしの隣にいた人は、領民から慕われていた領主様だったはず。
 優しかった。抱きつかれて嫌がる素振りはしたけど、本当は大好きだった。
 ……だった……けど――!

「だけど、魔王じゃない! あたしの村を襲った悪魔の、悪魔の王様なんでしょ!!」

 村を襲えって、あなたが指示したの?
 人間を狩れって、あなたが?
 そのあなたが、どうしてあたしを育ててくれたの?

「魔王というのは役職名のひとつにすぎませんよ」

 執事が呟いた。

「勇者の相手をする者を魔王と呼びます。いかにも敵の親玉のような名称にしておけば勇者は必ずここにやってくる。……我々に特定の王はいません」

 なによそれ。そんなことで騙されない。
 魔王が本当にあの化物たちの王でも、そうでなくてもどっちでもいい。
 あなたたちは悪魔の仲間。
 あたしの、敵。

 あたしの周りにいるのは、ひとり残らず悪魔だ。あたしは今、敵の真っただ中にいる。
 奴らがちょっとその気になれば、あっという間にあたしの命は消えてしまう。
 でも。
 だからって怯えて命乞いなんかするもんですか。
 誰が、敵なんかに……!!

 座り込んだまま睨みつけているルチナリスにグラウスは冷めた目を向ける。
 子供のわがままにうんざりしていると言いたげな、それでも諭さないといけないと思っているような目で。

「憶測だけで他人をなじるのはやめなさい。この人は、」
「……もういい」

 ずっと床のほうを見ていた義兄がぼそっと呟いた。

「隠してでも置いておくべきじゃなかったのかもな。……もうお終いにしよう、るぅ」