魔王様には蒼いリボンをつけて ーEpisode1ー
冷ややかに勇者を見下ろしたまま、その人はひとつ溜息をつくと身を翻した。
すぐ近くにルチナリスがいることには気づいていないらしい。見つかる前にルチナリスはそっと身を隠した。
此処(ここ)に居ると言うことはこの城に縁ある人なのだろうが、見覚えがない。この人がいるからホールには立ち入ってはいけなかったのだろうか。しかしホールを住処にするなど奇妙な話だし、第一、食事はどうしているのだろう。
そして何故、あの勇者たちは倒れているのだろう。
何故、この人は見ているだけなのだろう。
もしかして勇者を天国に連れて行くために降臨して来た誰かさんだったりするんじゃ……。
「修理費はそこの鎧どもに、」
だがそんなルチナリスの想像をあっさりと裏切って、その人は階下に向かって見た目からは想像し得ないような現実的なことを呟いた。
……修理費?
ルチナリスは思わずその人を二度見し、それからその人の視線の先へ目を向けた。
よくよく目を凝らすと、勇者一行以外には誰もいないと思っていたホールに人影のようなものが蠢(うごめ)いている。闇に溶け込んでしまいそうな黒いシルエットのそれは、人のように2本の足で立っているものの、どう見ても人ではない。
何処(どこ)かで……と記憶を探って、ルチナリスはそれが前庭に並んでいた石像に似ていることに思い当った。
奇妙な光景だった。
石像と同じ姿のそれが、わらわらと何匹も這い回っている。動かなくなった鎧を引きずって城の外に出そうとしている者、剣や矢の残骸を掻き集めている者、汚れた床を掃除している者までいる。
ガーゴイル、と言っただろうか。やっていることはともかく、あの見た目はどう見ても悪魔っぽい。
すると、あの人が……魔王?
ルチナリスは改めて踊り場を見上げた。
「待て! まだ戦え……」
その時、ホールから引きずり出されようとしていた鎧から切れ切れの声が走った。
その声に立ち去ろうとしていたその人が足を止める。引きずり出されようとしている鎧に冷淡なままの視線を送り、がたがたと震えながら伸ばされる手に、ひとつ、溜息を洩らす。
「……己の弱さを知れ」
「なんだと!?」
「お前はまだここへ来るには早かった。それだけのことだ」
義兄に似ているようで似ていないその人は義兄の声で滔々(とうとう)と言葉を紡ぐ。
違う、義兄の声ではない。
温かみの全くない、冷たく凍りつきそうな声をあの義兄が発するはずがない。
「馬鹿にするな! 殺せ! 悪魔に情けをかけられるなど、」
鎧の叫びにもそれ以上なにも言わず、その人はかるくかぶりを振った。
薄暗い中で紅い光がすっと流れた。
違う。あの人は義兄じゃない――。ルチナリスは息を飲んだ。
目の色が違う。
義兄の、あの空や海のような、あの印象的な蒼ではない。
あの人は……
ああ。
でも、なんて綺麗な紅(あか)なのだろう。
作品名:魔王様には蒼いリボンをつけて ーEpisode1ー 作家名:なっつ