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魔王様には蒼いリボンをつけて ーEpisode1ー

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【邂逅】



「るぅチャンはホント愛されてるっすね〜」

 義兄(あに)が出ていくのを待ち構えていたかのように、何処(どこ)からか茶化すような声が話しかけてくる。
 他には誰もいないこの部屋の中で。

「……るぅチャン?」

 黙ったままのルチナリスに、声は訝しげな色を含ませた。


 なんだろう。この喪失感。
 何も教えて貰えないから?

 そう。義兄はいつもあたしを置いて行ってしまう。
 あたしをひとりだけ、あたたかくて明るい場所に残して。


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 10年前。
 孤児だったルチナリスは、村を襲ってきた悪魔によってさらに養父をも失った。
 住んでいた村からも遠く引き離され、何処かへ連れて行かれそうになっていたところを助けてくれたのは今は義兄と呼んでいるあの人。
 化物が襲いかかってくる中で視界をふわりと横切った黒い髪は、今でも彼女の脳裏に焼き付いている。

 まさかその後10年も親代わり兄代わりをする羽目になるとは思ってもいなかっただろうが、その人はルチナリスをメイドではなく義妹(いもうと)と呼び、本当に兄妹のように接してくれてきた。
 小さかった彼女をかわいがって、甘やかして、守ってくれた。
 この城が悪魔の城などと呼ばれていると知ったのは……それよりずっと後のこと。

 この悪魔の城には魔王がいる。
 あんな鎧を着た強そうな人たちが、今まで何人も挑みに来て、それで誰ひとりとして勝つことのできない相手が。
 執務室で聞こえた声は確かに魔王、と言った。魔王が出てくるのを皆が喜んでいる、と。
 そして義兄はその場にいた。

 義兄は魔王を知っている。知っていて黙っている。
 どういうことだろう。


 魔王。

 悪魔。

 あたしの村を襲った化け物。

 育ててくれた神父様と離ればなれになったのも、こんな遠くに連れて来られたのも、全て悪魔のせい。

 神父様は悪魔は人間を食べるために狩るのだと言っていた。
 その人間を食べる化け物が、この城に本当にいる。
 あの優しい義兄は……あたしのお兄ちゃんは、裏で悪魔とつながっている……?


『玄関ホールに近付いたら駄目だって言ったよね?』


 義兄は隠している。
 近付いちゃいけない玄関ホールに。


 ルチナリスは扉を開けた。
 左右に伸びる廊下はさっきとはまるで違う、水を張った水盤のような静けさが広がっている。ゆらゆらと光のカーテンを揺らめかせていた日ざしも今は凍りつき、時間すら止まってしまったかのようにも感じる。

 誰もいない。
 義兄も。執事も。誰かの気配も。
 あたしひとりを安全な場所に残して、彼らは消えてしまった。
 
 どうして? それは、あたしのため?
 義兄が悪魔とどんな関係で、どんな契約をしているかは知らない。知るのは怖い。
 ……でも。

「るぅチャン!? こら、ちょっと! 動くなって言われてるでしょ――!!」

 駆け出したルチナリスの後ろから慌てた声が追いすがってきたけれど、それでも足を止めることはできなかった。
 急がないと。
 今までも全部隠されてきたんだ。
 今日もまた、あの人がなにもかも隠してしまう前に。


 .。*゚+.*.。   ゚+..。*゚+


 初めて入る玄関ホールは廃墟のようだった。
 大理石であろう床は崩れ、抉(えぐ)られ、あたり一面に散らばった瓦礫(がれき)で平らな部分を探すほうが難しい。その瓦礫に埋もれるように転がっているのはつい数時間前に町で見かけた勇者だろう。鎧は見るも無残にボコボコにへこみ、かつては光り輝いていたであろう剣も折れ……ただの残骸として転がっている。

 まだ息はあるのだろうか。
 息があるのなら助けたほうがいいのだろうか。

 ルチナリスは彼らのほうへ足を踏み出しかけて、ふと、近くにひとの気配を感じた。
 そのホールへと下る階段の踊り場の、壁に埋められるように飾られている石造りのレリーフの下に誰かが立っている。

 一瞬、その闇に溶け込んでしまいそうな姿に悪魔を思った。
 でも、違う。
 ローブのように頭から被ったままの黒い布からわずかに見えるのは、村を襲ったあの異形の化け物ではなく、人の顔だ。白磁の頬はどこまでも冴え冴えとして、生まれてから一度も陽に当たったことがないのではないかと思える程に透き通っている。通った鼻筋も異形のそれではない。
 人だ。
 こんな人がいるのかと逆に思ってしまうけれど、それは確かに人の姿だ。

 誰だろう。
 義兄……ではない。その人は義兄よりずっと艶然としていて、それでいてもの凄く重圧を感じる。そう、「悪魔の王」と呼ばれてもおかしくないくらい。
 町のおばさんたちを魅了して回っているようなかわいらしさなんて微塵もない。