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魔王様には蒼いリボンをつけて ーEpisode1ー

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 悪魔というのは人間を狩って食べてしまう存在。
 どこから来てどこへ帰っていくのかもしれない彼らは、突如現れては村ひとつ滅ぼして去っていく。
 この世界にはそんな恐怖が#此処彼処__ここかしこ__#に潜んでいる。
 かつてルチナリスが住んでいた村も悪魔の人間狩りによって滅んだ。
 あの日、空から下りてきた無数の化物の姿は、10年経った今も忘れることができない。

 その悪魔がこの町にも出る。だから勇者様が退治しに来てくれる。
 女店主は、今、そう言った。
 知らなかった。
 義兄はこのことを知っていたのだろうか。いや、知っていたら義妹を町に出させたりはしないだろう。人間狩りで何もかも失ったことも知っているのだから。

「悪魔が……出るの?」

 ルチナリスの問いに、女店主は不思議そうな顔をした。

「なに言ってんだい、お城の悪魔のことだよ。そりゃあ領主様は悪魔に襲われることはないって言われてるけどさ。ほら、るぅちゃんや執事さんは働いてるだけの普通の人なんだし」

 なんだそのチート設定は。

「青藍様は、襲われない、の?」
「本当に何も知らないのかい!?」

 女店主は目を丸くする。



 彼女が言うには、ノイシュタイン城はその怪しげな俗称どおり本当に悪魔が出るらしい。
 そんな城に住んでいて大丈夫か? と普通は疑うところだけれど、城主の家系は悪魔に襲われることがない特殊な血筋だから住んでいても平気なのだそうだ。
 とっても嘘臭い。
 けれど、まぁ、そこは置いておく。

 しかしその噂から考えると悪魔が勝手に避けてくれる、というだけだ。
 城主に悪魔を払うような力はないし、住み込みで働いているルチナリスたちまでもがそんな血を持っているはずもない。
 つまり、城主以外はいつ悪魔に襲われるかわからないというわけで……。

「今まで凱旋して戻って来た勇者様っていないのよねぇ。あのかわいい領主様が毎日涙で枕を濡らしてるなんて、あたしゃ耐えられないよ」

 女店主はエプロンの端で涙を拭った。

 いや、いくらなんでも大の大人(しかも男)が悪魔が怖いって泣いたりはしない。あの妙に子供っぽい義兄が町の奥様方に人気なのは知っていたが、妄想が過ぎる。
 ルチナリスが冷めた目を向けると、女店主はエプロンを握ったまま演技がかった#素振__そぶ__#りで首を振った。

「だってねぇ、るぅちゃんや執事さんが悪魔に殺されちゃったらと思うと、」

 勝手に殺さないで下さい。
 これでもこの10年、悪魔の「あ」の字も見ることなく過ごしてきたんだから。
 きっと「悪魔が出るところと人が暮らしているところは強い結界で遮られている」とか、そんな裏設定があるのだろう。
 悪魔とひとつ屋根の下なんてシチュエーション、あの危機感の欠片もない義兄だっていくらなんでも気にしないはずがない。

 しかしいくら裏設定があったとしても、だ。
 悪魔が出るならそう言ってくれればいいのになにも言わないってどういうことよ。ついうっかりあたしが食べられちゃっても構わないって言うの? お兄ちゃん。
 ルチナリスはここにはいない人に悪態をつく。

「だから勇者様が悪魔を倒してくれるまで、るぅちゃんも気をつけるんだよ」

 そんな彼女に、女店主は同情するように飴をくれた。


 この町の人にとっては当たり前なのだ。
 町を見下ろすように建っているあの城が悪魔の城であることも、勇者がその悪魔を退治するために集まってくることも。
 そう。何故勇者がこんなにも集まって来るのか。
 それは、そこに悪魔がいる城があるからに他ならない。
 けれど今までに勇者が城に来たことなんてあっただろうか。
 この10年の間、一度も。

 考えたこともなかった。
 あの城が悪魔の城と呼ばれているのも、ただ単に外観のせいだと思っていた。
 あの城には悪魔はいない。見たこともない。
 それなのに、その悪魔を退治するために大勢の勇者がやってきて、そしてルチナリスの知らないところでボロボロにされて帰っていく。
 それはつまり。
 悪魔か、それに相応するなにかが存在しているということで。

 あの不思議な声のことだろうか?
 まさか本当に執事だということはないだろうが。
 ああ、もしかしたら義兄は自分に心配をかけさせないように言わなかっただけなのかもしれない。あたしが、あたしの住んでいた村が、悪魔に襲われたことを知っているからこそ。
 でも。

 ルチナリスの胸の奥で何かがちりちりと音を立てる。
 義兄だけ悪魔に襲われない、だなんて、そんな都合のいい話があるだろうか。


「今朝も一組出かけて行ったんだけど、帰ってこないねぇ」


 ほころびた袖口。
 破れたシャツ。

 義兄は、朝……何処に行っていたのだろう。