音が響きわたる場所 【旧版】
メキシコ合衆国チワワ州の最大都市であるシウダー・フアレスは、東西に走る国境の中央付近にある。国境となるリオグランデ川を挟んで、アメリカ合衆国テキサス州のエル・パソと一つの経済圏を形成している。
両市では収入に数倍の格差があり、フアレスに住んでいるがエル・パソで働いているという者は数多い。大半が不法な入国を繰り返している。
フアレスでは、夜のうちに川を歩いて渡るのが一般的な密入国の方法だ。フアレス周辺のリオグランデ川は意外に浅く、膝下までしか濡らさずに川を渡れる場所がある。
そのためアメリカへの麻薬流入が激しく、多数の麻薬密売組織が居を構え、組織同士の争いや警察との衝突が日々絶えることなく繰り広げられている。
「調べてもらえるか?」
誘拐という形で表沙汰になった以上、調べないわけにはいかない。
俺は、アントニオに対する詫びの言葉を頭に浮かべた。
「貴方の目を使わせてもらえるのなら、すぐに調べられるけど?」
アミーはコンピュータのスペシャリストだ。いわゆるハッカーであり、以前は産業スパイをやっていたらしい。ブレイン・マシン・インターフェイスに興味を持ち、自ら名乗り出て計画に参加したのだと聞いている。
「勿論、そのつもりだ」
「準備するわね」
テレビ局や警察のデータベースに不正にアクセスし、必要な情報を取り出す。これが普通のハッキングと呼ばれる行為。これは参照履歴などで発覚し、侵入経路を辿られてこちらの正体を突き止められてしまう可能性がある。
だが、俺の目を使用した場合は少々異なる。容量の次元が違う。セキュリティを潜り抜ければ、システムをまるごとごっそり頂いてしまえるのだ。
こうした不正アクセスは、いままでに何度か行ってきた。汚職や脱税の証拠などを山のように見てきたし、圧力によって揉み消された、上院下院議員やスーパースター、それらの子供が引き起こしたスキャンダルの類も、掃いて捨てるほど知っている。
「システム起動」
声と同時に意識は上空二万マイルの衛星軌道上に飛ぶ。
システムオールグリーン。感度は良好だ。
衛星にはカメラが取り付けてあるが、俺は直接その映像を見ることはできず、カメラが捉らえた映像を組み換えた情報が、擬似眼球に映し出されるのみに留まる。
俺が見ているのは、経線、緯線、そして国境線までもが引かれている世界地図のデータでしかない。どこかの国の宇宙飛行士が、宇宙からは国境が見えなかった、と言ったそうだが、地上にはハッキリとした金属フェンスの国境が存在し、拡張され続けている。
ハッキリしているのは俺好みなのだが、こればかりは好きになれそうにない。
「ポート解放。チャンネル接続」
「オーケー、接続したわ」
アミーは僅かに興奮した声を発した。ハッキングは彼女にとって至福の時間なのだ。
どういう状況で誘拐されたことになっているのか。現場はどこになっているのか。
ソニアの素性、アントニオとの関係、ソニアを狙っていた者たちの正体。
アントニオの安否と所在。
調べなければならないことは、まだ他にもある。
「ソニアがシャワーを終える前に済ませよう」
「そうね、まずはどこから行く?」
「エル・パソ情報センターだ」
作品名:音が響きわたる場所 【旧版】 作家名:村崎右近