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音が響きわたる場所 【旧版】

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六.俺は楽しむ

 俺はシウダー・フアレスの街に足を踏み入れた。
 この街では、麻薬密売組織同士の抗争と、それを取り締まるメキシコ警察との間で起こる銃撃戦が、場所も時間も選ばれることなく発生する。
 それを引き起こしているのは、国境の存在でもなければ、南北の経済格差でもない。
 麻薬。すべてはその一言で説明できる。
 麻薬に関する情報を扱っているエル・パソ情報センターのデータベースに侵入し、フアレスの麻薬密売組織に関する情報を入手。そのままセンターを経由して、バージニア州アーリントンにある麻薬取締局本部にも侵入し、フアレスの動向に関する情報を手に入れたことで、騒動の輪郭を掴むことができた。
 ソニアの母親はアメリカ人で、麻薬取締局の特殊捜査官だった。ただし、元が付く。
 彼女の父親は、重度の麻薬中毒だった。幼い頃に麻薬が絡んだ事件で母親を失った彼女は、その憎しみから麻薬取締局の特殊捜査官になった。
 アメリカ各地で実績を挙げた彼女は、フアレスでの潜入捜査に志願し、麻薬密売組織の男に近づいた。それが、アントニオの息子だ。
 彼女は、憎んでいたはずの麻薬に溺れる男を愛してしまった。母親と同じように。そうしてソニアを産んだ後、やはり母親と同じ運命を辿ることになった。
 ソノラ砂漠で俺の家に泊まったとき、ソニアが寂しくないのかと訊ねてきたのは、自分に会いに来ない母親を想ってのことだったのだろう。
 ソニアはアントニオの孫だったわけだ。
 それでも、いくつか腑に落ちないことがあった。
 アントニオは麻薬を忌み嫌っている。密売組織の一員となった息子とは、親子の縁を切っていても不思議ではない。むしろ、親子の縁を切っていると考える方が自然だ。
 そうであれば、アントニオにはソニアを保護する理由はないはずだ。
 ソニアが誘拐されたことになっているのは何故か。
 麻薬を憎んでいたソニアの母親は、どうして密売組織の男に惹かれたのか。
 この三つの疑問は、たった一つの仮定で解決する。アントニオの息子も、麻薬密売組織を潰すために潜入していたのだという仮定だ。
 志を同じくした者同士が惹かれあうのは、至極自然の流れだ。
 組織に大打撃を与える情報を掴んだアントニオの息子は、身の危険を察し、それをソニアに託してアントニオがいるノガレスに向かわせたのだろう。
 その情報も察しは付いている。テキサスの州議会議員が関与しているという噂は、以前から流れていたものだ。
 おそらくアントニオの息子は生きていない。アントニオもそれを察し、何も言わずにソニアを俺に預けて、息子の仇を取りに単身フアレスへと向かったのだ。
 アントニオは、私怨に巻き込みたくなかったのだろう。

 フアレスはサワロ・アンテナの範囲外にあるが、俺個人の活動には何の支障もない。
 ブレイン・マシン・インターフェイスによって遠隔操作が可能な無人兵器は、ソノラ砂漠にのみ設置されている。トープ・ソノラという俺の名前は、ソノラ砂漠でしか生きられないもぐらという意味の蔑称だ。いまの俺は巣穴から這い出たもぐら野郎ってわけだ。
 巣穴の外に出たもぐらは、餌を獲ることができずに餓えて死んでしまうらしい。
 縁起でもない話だが、何の準備もなしに乗り込めば、そういう運命が待っていることぐらいは分かる。俺はそこまで馬鹿じゃないし、自惚れてもいない。
 なので、しっかりと準備をしてきた。
「いまからてめぇらを潰しに行く」
 そうハッキリと宣戦布告をしてきた。
 賢い奴は逃げる。追い掛けたりはしない。ここでは、街を離れた瞬間に他の奴らに居場所を奪われる。そうなれば、二度と街に戻ることはできない。
 大物は迎え撃つ。だがその選択は誤りだ。何もかもを失うことになる。考えてみろ、アジトを突き止められた瞬間に、その組織は終わっているに等しい。
 そうして生まれた空白地帯は、新たな抗争の火種となる。
 何度も言うが、これは自惚れではない。無人兵器の遠隔操作など、ただの付録だ。
 目が見えなければ、容姿に惑わされることもない。武器を持った何か、ただそれだけが知覚できればいい。大きいか小さいかは、然したる問題じゃない。
 重要なのは、武器を所持しているかどうか。
 優先されるのは、倫理などではなく我が身。
 武器を向けてくる相手に対し、俺は冷徹に引き鉄を引く。テレビゲームのモンスターに対するように。淡々と。冷徹に。冷酷に。
 俺に擬似眼球を埋め込んだ奴らは、反響定位で周囲を知覚する人間を作りたかったのではないのだ。
 俺が中東の砂漠で失ったものは、光などではない。

 フアレスの西側にある山の麓。俺が目指す麻薬密売組織のアジトはそこにある。敷地を塀で囲んだ二階建ての豪邸は、メキシコには似合わない外観をしているらしい。
 鉄柵で閉ざされた入口には見張りが立っていた。人数は二人。
「止まれ、何者だ」
 見張りの男は、車で近づいた俺を制止する。
 俺は両腰のホルスターから愛用の拳銃ガバメントを一丁ずつ抜き、一斉射する。即座に撃鉄を起こし、標的を変えて再び斉射。四五口径の鉛弾は、肉を捻じ切って人体に侵入したのち、貫通することなく体内に残留することでより深い損傷を与える。金属板などの硬い物質に対してではなく、軟らかい人体に対して高い威力を発揮する弾丸だ。
 実に俺好み。
 断っておくが、俺は殺人狂じゃないし、銃が好きなわけでもない。
 ハッキリしていて分かりやすいもの。それが俺の好み。
 二人の見張りは呻き声を上げながら倒れ込む。それに先んじて、カコン、ガシャン、というスチールとアルミの間抜けな音が、剥き出しの地面の上を跳ねた。
 議員の汚職だとか、警察の内通者だとか、そんなことには一切興味がない。
 麻薬という分かりやすい悪を相手にすることで、イラクでの、ファルージャでの行いを清算し、塗り換えたいだけだ。
 俺は車から降り、見張りが落とした拳銃を拾う。材質、重量、そして何よりその特徴的なフォルムから、すぐにその拳銃がベレッタであると分かった。
 ベレッタは非常に優れた拳銃だが、暴発を防ぐために施された様々な安全機構を解除する時間の分だけ、第一射を遅らせてしまうという欠点を持つ。
 足元で聞き苦しい声を発し続けている二人に、奪ったベレッタの九ミリパラベラムを二発ずつ打ち込んで黙らせた。手入れは行き届いていないが、いい銃だ。
 壁の向こう側が俄かに慌しくなった。八発もの銃声がしたのだから当然だ。
 中の奴らは、侵入者が俺だということを把握できているだろうか?
 わざわざ宣戦布告までしてやったんだ。逃げるなよ、俺と楽しもうぜ。
「システム起動」
 声と同時に、俺の意識は上空二万マイルの衛星軌道上に飛ぶ。
 サワロ・アンテナがなければ、代替品を用意すればいい。通信能力は極端に低下してしまうが、精度などは求めていない。
 コンディショングリーン。チャンネルロック。システム、制限付きで稼動中。
「照準固定」
 照準はいわずもがな。使用するのは、俺の愛車フォードGPWの荷台に搭載してある、Mk一九グレネードマシンガン。一分間に最大で四十発の榴弾を発射する大物だ。
「弾薬装填、安全装置解除」