両親へのプレゼント
「そこまでお客様のことを考えているのなら、最後まで責任を持ってやりなさい」
「わかりました。今回の件は、申し訳ございませんでした」
と私が頭を下げ立ち去ろうとした時、課長が私に、
「白鳥の8月16日のシフトは夜勤にしておきなさい。あと、その日は満室だから頑張ってくれよ」と言ってくれた。
非常に嬉しい言葉であった。
「ありがとうございます」と言い、課長の席を離れた。
父親の入院
8月2日の夜、私が夜勤の時に梨奈から連絡が入った。
私は確認の電話でも入ったのかと思いながら、受話器をとると、
「こんばんは、小池です。先日はありがとうございました。あと....申し上げにくいのですが、先日に予約を入れてもらいましたが、今回、キャンセルをしていただけないでしょうか?」
と少し辛い声で梨奈は言った。
「ご両親に急な用事でもできたのですか?」と私が聞くと、
「いえ.....」と言った後、少し沈黙があり、
「実は、昨日父が再入院してしまって、いつ退院ができるのか、わからないのです。以前から身体の具合が悪かったものですから」と梨奈は言った。
「わかりました。では、今回は残念ですが、キャンセルをしておきますね。お父様に、『お大事にしてください』とお伝えくださいと言い、それ以上のことは言及しなかった。
私は彼女にキャンセルをしてほしいと言われたが、すぐにキャンセルをしなかった。
その理由は、もしキャンセルをしてしまったら、当日は満室のため、万が一、彼女から再度問い合わせが入った時、100%とれないことは明白であったこと。もう一つの理由は、私の気持ちの中で、ぜひ彼女の父親が16日までに退院をしてほしいと願っていたからだ。
ただ、梨奈のあの時の寂しそうな声が、ずっと気にかかっていた。
1週間後の8月9日に仕事場より彼女の自宅へ電話を入れてみた。
しかし、終日、家には誰もいなかったようで連絡がつかなかった。
その後も、1日おきに電話を入れて、ようやく8月13日に連絡がついた。
その日、彼女の母親が電話に出て、私がご主人の病状について聞くと、
「ご心配をおかけしまして、申し訳ございません。又、せっかく予約を入れていただいたのにキャンセルをしてしまい、皆様には大変ご迷惑をおかけいたしました」
と謝罪の言葉だけで、詳しいキャンセルの理由については話してくれなかった。
ただ、入院をした夫が8月16日に仮退院できることを教えてくれたのだ。
そして、今、娘の梨奈が京都のF病院へ見舞いに行っていることも話してくれた。
梨奈の両親へのささやかなプレゼント
翌日、梨奈から私が勤めているホテルへ、彼女の自宅へ連絡を入れたことに対してのお礼の電話が入った。
「16日にお父様が退院されるそうですね。おめでとうございます」
と私が言うと、
「ありがとうございます。今回はいろいろとご心配をかけてしまって、すみませんでした」と彼女が謝罪をした。
「8月16日、もしよろしければ、ご家族で私どものホテルに宿泊されませんか? 確かご両親のご結婚20周年でしたよね?」と私が言うと、
「でも、こちらの都合でキャンセルをしてしまったので....」
と残念そうに言ったため、
「まだキャンセルはしていませんよ。実は、梨奈さんのお父様が早く退院されるかと期待をしていましたので、部屋はまだ押さえています。ご安心下さい。また、お父様が入院されている病院からだと、車で15分くらいなので、ご自宅へ帰られるよりは、お疲れにならないと思いますよ。もちろん、ご両親にご相談をされてから、お返事をいただければ結構ですから」と私が言った。
「ありがとうございます。すぐに両親に知らせます」
梨奈は涙声になっていた。
彼女の両親への思いやりというものに感動した私は、彼女の両親へ二つのささやかなプレゼントを考えていた。
最初のプレゼントは、彼女の両親の結婚記念日ということで、部屋に花を手配することに決めた。
ただ、私のポケットマネーなので、そんな豪華なものではなかったが、メッセージを添えることにした。
(ご結婚、20周年おめでとうございます。これからも、末永くお過ごし下さい)
8月16日
8月16日になった。
私が夜勤で仕事につき、数十分後に梨奈から私宛に電話が入った。
彼女を含め、両親の到着が17時頃になるという知らせであった。
その日は、16時頃からチェックインのお客様でフロントカウンターは賑わっており、私がフロント事務所にいた時、女性スタッフから小池様が到着されたという知らせを受け、すぐにフロントカウンターへ出た。
私はその時、初めて梨奈の両親に会ったわけだが、彼女の父親が何度も頭を下げられるため、逆に私は恐縮してしまった。
「はじめまして。小池でございます。今日はお世話になります」と彼女の父が言うと、
「いらっしゃいませ。お待ちいたしておりました。ご結婚20周年おめでとうございます」
と私が言うと、彼女の父、洋が少し驚いた表情をされたので、
「実は、梨奈さんから、今日がご結婚記念日だと聞いておりましたので」
「そうだったのですか? 今回はいろいろと皆様には、ご迷惑をおかけして申し訳なかったです。今日は大変楽しみにしています」
「いえ、とんでもございません。本日は、ご家族でごゆっくりお過ごしくださいませ」
と私は言った。
「ご登録は、どなたがされますか?」と私が梨奈に聞くと、
「梨奈が書いてくれる? きれいな字で書いてね」と彼女の母親が言ったため、
「だったら、お母さんが書いてよ」
「お前たち、ここまで来て喧嘩をしないでくれよ。恥ずかしいだろ」
と洋が言うと、二人は顔を見合って笑った。
結局、梨奈が全て記入し終えると、
「今日はこの後、ご家族で大文字の送り火を見に行かれますか?」と私が尋ねると、
「ぜひ、みんなで行きたいと思っていたのです。テレビでは何度も見ていますが、実際に一度も行ったことがないのです」と洋が言うと、
「では、19時にホテルのマイクロバスがその近くまで送りますから、ぜひご乗車下さい。予約制になっていますので、3名様で予約を入れておきます」と私が言った。
大文字の送り火
その後すぐに、お客様を部屋へ案内するためにベルボーイを呼んだ。
「小池様、3名様をご案内して下さい」と私は言い、カードキーを彼に渡した。
部屋番号は816号室、最上階の8階である。