Da.sh Ⅲ
週明けの出社日の昼休み。
最年長の先輩が自分の弁当を取って、明良の横に腰を下ろした。小さな炊事場の小さな机で、交代で仕出し弁当を食べる。
「警察に捕まったってぇな、どんな悪さをしたんだ?」
「どうしてそんなことを? パトカーの警官から、ちょっと聞かれただけです」
びっくりして、湯呑に茶を注いでいる先輩の横顔を見つめた。
芝浦パーキングでは、パトカーから降り立った警官に免許証を見せただけである。喧嘩のことを聞かれた。
少し騒々しい奴らがいたが、俺は知らない、と答えた。それだけである。
先輩は声をひそめて、食べ物を少しずつ口に運びながら、続けた。
「いるんだよ、なんでもチクってくる奴が。それに世間は、狭い。うちの得意先の社長、上得意のほれ、ゴムパッキングを作ってる会社の社長だけどな。そこに、バイク狂いの息子がいるんだな。その息子がお前の顔を知っていたらしい。お前ちょくちょく、納品に行ってたろ。当の息子が、浜崎は傷害で警察に捕まったって、言いふらしてんのさ。社長、電話して来てな、うちのボスが謝っていた。やっこさん大きな声で怒鳴るから、内容が筒抜けだ」
明良はうつむいて、白飯を口いっぱいに詰めた。
「耳をそばだてて聞いていたんだが、その息子、顔に痣を作っていて、お前に殴られた、と言ったらしいわ。そうなんか?」
黙って、口中の飯を噛み続け、さらに煮付けられた高野豆腐を口にほうり込んだ。
「最初に電話を受けたのが、ワシでな。えらい剣幕で、訳の分からんことを喚くんで参ったよ。明良、覚悟しとくんだな」
「覚悟って?」
先輩は持っていた箸を首に近づけると、右に引いた。
正源寺が明良の勤める会社を訪問した時には、明良はすでにそこを辞めていた。
「得意先から苦情を受けただけでぇ、明良をやめさせたってぇ、わけかい」
「浜崎君の方から、辞めます、と言ってきたんですよ」
「その理由ってぇのが、今の説明だけではぁ、どうも腑に落ちないんだよなぁ」
額に汗する社長を睨み上げて、続けた。
「それで、行き先はぁ?」
「それがぁ・・・でも、どうして急に?」
埒が明かない社長の最後の言葉を無視して、会社を出てきた。もしやと、アパートにまだ残っていることを期待して、その部屋の前に立ったが、表札ははずされ、ガス栓には不在票が掛けられていた。
――君子さん、すまない。
ひとり暮らしを続けていた明良の母は、長年の苦労と十分な栄養を摂らなかった為に体調を崩して入院したのである。明良と連絡が取れなくなり正源寺を頼ってきたのだが、所在が不明とあってはどうしようもなく、心の中で詫びた。