Da.sh Ⅲ
若い頃の父は、モトクロス競技会で負傷者を診るボランティア医師として、待機していたことがある。
競技会は休日にあるので、子守の意味もあって会場に一緒に連れて行かれて、選手たちが繰り広げる技を見ているうちに、ただ口を開けて観ているだけだった俊介はそのダイナミックさに引き付けられ、虜となった。父にねだって体験会に幾度か参加し、さらに練習を重ねて、小学5年生の時には、ジュニアの部のジャンプ競技にエントリーするまでになっていた。
無論、母は父をなじった。母が一度、競技会を見に来た時である。卒倒しそうなほどに驚いた母は、帰宅するなりヒステリックに父に向かって喚いた。
「あなたが俊ちゃんを、そんな危険な場所に連れていくからでしょ。子どもは好奇心が旺盛なんだから、なんでもしてみたがるのよ。怪我したら、どうするの! バイクであなたが怪我をしても仕方がないけれど、大事な俊ちゃんに何かあったら、と思うと、気が気じゃないのよ。連れていくのは金輪際、よしてください!」
毒を含んだ妻の言い方にもかかわらず、父は黙りこくって何も言い返せずにいた。
バイクの好きな父は、乗りこなすことの爽快さを知っていたが、俊介を見くびってもいたのだろう。芝生の上で転んで、膝を軽く打ちつけただけでも泣き叫んでいたような俊介が、バイクで砂地を走り、しかもジャンプまで始めるとは、思ってもいなかったことだったのである。
「俊介、バイクに乗るのは構わないんだが、ジャンプはなぁ、止めておいた方がいいんじゃないか。着地を失敗して、怪我している連中が結構いるんだぞ」
「大丈夫。転び方もうまいもんだよ、練習してるから」
父は、それ以上言わなかった。母の小言は、父がガードとなってくれていたのかもしれない。
だが高校に入学した時に、競技会に出ることを辞めた。母の小言も、父が言い訳をして擁護してくれていることも鬱陶しく、気を遣うことが面倒でもあったからである。