Da.sh Ⅲ
ブレーキレバーを操作しながら、腰で支えるようにしてバイクを押して歩いていると、後方からバイクの唸り音が近づいてきた。
走り屋だろうか、族だと厄介だな、と一瞬思ったが、音の大きさから推定すると1台だけらしい。道路の端によって、バイクが姿を現すのを待った。
近くの路面を照らし始めた明かりの本体が現れると、ライトのまぶしさでよく見えなかったが、それはそのまま通り過ぎた。
と思ったところで、それは急旋回すると、近づいて来て止まった。
降りてヘルメットを脱いだ顔にはまだ幼さを残している、少年だった。
「故障ですか?」
「ああ、恥ずかしながら、転倒してしまった」
「スリップ痕が、残っていましたよ。怪我は?」
「指を軽く、ひねっただけだ」
「それは?」
少年はマシンを覗き込んできた。
「ああ、ライトがつかなくなってしまって、不覚にも道具の持ち合わせが無くって」
「見てもいいですか?」
「いいけどよ」
明良は立てたバイクから離れて、少年に場所を譲った。
「分かるのかよ」
「あてにはしないでください。少し時間をもらって、いいですか?」
少年は自分のバイクのライトで照らし出すと、工具を取り出して分解を始めた。
「ここを照らすように、僕の、動かしてくれますか」
明良は言われたとおりに、少年のバイクを移動させた。
「オフロードバイク、か。モトクロスでも、やってんのか?」
そのマシンを値踏みするように見て、言った。
「はい」
「ほんとかよ。ジャンプなんか?」
「はい」
「怖くないのか?」
「エキサイトします」
「まだ高校生、って感じだな」
「高1です」
「よく、親が許してんな」
「小学生のころから、父に連れられて競技会に出ていますから」
「いや、こんなに遅い時間に、だよ。どこから来てんだ? 俺は大田区に住んでる。実家は青梅だけどよ」
少年はちょっと黙りこんで修理に没頭している風を装ってから、言った。
「埼玉です」
「ふーん。高そうなマシンだ」
「できました。多分これで、オーケーです」
明良はキーを回してエンジンを始動させ、ライトを点灯させた。
「おぉっ、ばっちりだ。サンキュ。俺は浜崎明良、ってんだ。おまえは?」
「木村俊介」
「礼をしないとな」
「いえ、結構です。じゃ、僕、帰ります」
俊介は、バイクにまたがるとそのまま前進してから、前輪を大きく立ち上がらせると後輪で方向転換をし、爆音を残して走り去った。