Wish プロローグ
休みを無駄にせず有意義に過ごすことが我々凡人たる俺の義務であるあり、日ごろ勤勉に励む俺たち学生の義務でもあるからな。…まぁ、別に俺は勤勉学生でもなければ勤労学生でもないんだがな。
しかし、休みを無駄にしたくないという俺の精神は心の底から嘘じゃないということだけ
は言っておこう。ホントだぜ?…まぁ、そういうことにしておいてくれ。
俺は、抑えきれない眠気の衝動に抗うことなくそれに歓喜、拍手喝采で満場一致に受け入れ、二度寝するためにベッドに戻る、そして寝る…おやすみ。ぐう…。
-トトト、トントン。
「ハルちゃん~朝なんだよ~起きてよぉ~っ!!!」
俺が二度寝に勤しもうとしたまさにその時、更に眠気を誘うようなふわわんとした声が
俺の部屋を遠慮がちにノックしやがった。
う~ん?誰だ、俺の睡眠を妨害するヤツは?
まぁ、大方予想はつくがな…。
「ねぇってばぁ~っ!!っもう、ハルちゃん入るよ~??…おじゃまします~」
そう言って、そろ~っとドア越しから覗くようにしてゆっくりと部屋に侵入してくる。
「何だぁ~起きてたの?ハルちゃん。それなら返事してくれてもいいじゃないの」
かいがいしくも俺を起こしにきてくれたその声の主は、俺に入るやいなやむぅ~と頬を膨らませ俺が起きているのに返事をしなかったことに口を尖らせている。
どうやらその愛らしくて可愛く思わず和んでしまいそうなその顔は、プンプンと怒っているようだ。
って、二度寝してたトコをお前が起こしたんだよ。
……まぁいいや。
「はよ~。何だよ、冬姫、こんな朝早くに。もしかして俺が恋しくなったのか?」
「えええぇええええっ、ち…ちちち、違うよぉ~っ!!ハルちゃん、何言ってるのぉ~っ!!」
突然のことに何やら動揺して冬姫はそう言ってわたわたし、みるみる頬を紅潮させる。
「おいおい、恥ずかしがるなって~!!ほれほれ~言っちまえよ~??」
「だ…だから~違うの~っ!!」
からかう俺にムキになって顔を更に真っ赤にして否定する。
「そうか…違うのか…。俺は、冬姫がこんなにも恋しかったっていうのにな~。それは、残念だ」
その言葉を聞いた俺は、枕を抱いてちょっと残念がってみる。
「え…そうなの??あぅぅ…ハルちゃん、ごめんね。さっきは、いきなり…だったから驚いちゃって…わ…私も…実は…あの…その…はぅぅ」
思ったよりもの好感触のリアクションで冬姫が、真っ赤な顔を手で覆い隠し、これ以上
ないくらい更に赤面する。
それを見た俺は何だか笑わずにいられず我慢できず思わず噴出してしまった。
「ハハハ。冗談だよ、冗談」
「え…?…冗談?」
きょとんと小動物が小首を傾げるような仕草で純真な瞳が俺を見つめる。
思わず抱きしめたくなる。いや、抱きしめないけどな。
「ホント、お前って可愛いよな。そのあまりにも純粋なトコとかな」
「もぉう~ハルちゃんってば、ひどいよぉ~また私をからかってぇ~!」
こいつは、朝霧冬姫。俺の幼馴染だ。
冬姫は、この通り俺がからかうとすぐ本気にして大慌てする。かなり面白い。
だからいつもこうやってからかって遊んでいる。
……って、別に意地悪してるんじゃないぞ。
何つーか、一日一回これやらんとしまらないっていうか、日課というべきか……。
まぁ、何だ、よくこう言うじゃないか。
可愛い娘に……何だったっけ?…まぁ、そんな感じだ。
「悪い悪い。んじゃ、そういうことでおやすみ……」
俺は何事もなかったようにひらりと冬姫に手を振ると、再度ベッドに横たわり布団をかぶる。
「もう~。悪いと思うなら早く起きてくれないかな~。せっかく起こしにきたんだからね~二度寝しちゃダメぇ~!」
「もうちょっと…もうちょっとしたらな…ぐーすかぴー」
「もう~ダメなんだってば~!!こうなったら、えいっ!!」
すると、冬姫がそうはさせんとばかりに俺の布団をガバッと引き剥がしてきた。
春といっても朝っぱらは結構肌寒い。
布団という名のユートピアを失った俺は当然、まぁ意図もわからなく起きるしかなく仕方なくの何だかわからない状態でなくなく3原則が成立してしまったわけで…。
「何だよ…お前と今日、何か約束したっけか?」
「ううん、してないよぉ。そうじゃなくてね。あっ!もしかして…ハルちゃん今日が何の日か忘れてる?」
今日が何の日かって?それは決まってるだろ、土曜だろ。
そんでもって、春休みの真っ最中だ!忘れるわけがなかろう。
これほど有意義かつ平穏な毎日を過ごせる学生ならではの特権の一大イベントを誰が忘れようか。いや、絶対忘れないね。このような長期休暇は俺だけでなく全国にいる学生たちが日々早くこないかと待ちに待って望んでいるに相違ない。…だろ?
「ハーハッハ。冬姫よ、俺を甘く見てもらっては困るぜ!!そんなこと、学園の終了式の終了時から片時も忘れてはおらぬわッ!!」
「おぉ~!さすがハルちゃんだね~私が言うまでもなかったねぇ~。じゃ、二度寝しないでちゃんと起きるんだよ~。私は、用事があるからもう行かなくちゃいけないけど…」
『用事』?何の用事だろう。…まぁいいか。
「おう、わかった。そんなの余裕だぜ!ちゃんと、起きるよ」
「それじゃあね~ハルちゃん。また『後』でね」
「ん?おう!じゃあな」
しかし、冬姫の奴ったらホント世話好きだよな。
春休みだっていうのに、それに用事があるってのに俺を起こしに来るとはいやはやホントご苦労なこった。さて、せっかく起こしてもらったんだし起きるか。
俺は嘆息しながらも起き上がり、半端ないかったるさを感じながら部屋を出る。
「あっ!お兄ちゃん♪おはよう~♪今日は、早いんだね♪せっかく今からボクが起こそうと思っていたのに」
リビングに下りると、太陽の如くに明るい声と共に俺の視界に妹の明日香が朝食の準備をしていたのを捉えた。
「いや、別に自分で起きられるからいいって…」
「え~!ダメだよ!それじゃ、ボクの楽しみがなくなっちゃうよっ♪♪」
「何の楽しみだよッ!」
「まぁいいやっ☆それよりお兄ちゃん、ごはんできてるよっ♪♪」
「いいのかよッ!!」
とツッコみつつも、明日香の作った朝食をもらう俺。
明日香は、見た目と口調は子供ぽいが、これでも意外にも家事はできる。
見かけによらずとは、このことだ。
はぐはぐ、んぐんぐ。
パリパリ、ばりぼり。
んぐぐ、んく、ごくん。
「つーかおい、テメェ何を平然にとけ込んで朝飯食ってやがる」
違和感なくテーブルで朝ごはんを食べていたちびっ子に声をかけた。
「おっはよー!春斗―先にご飯もらってるよー。あ、明日香お茶ちょうだい☆あ、サンキュー☆んくんく、プハァ!!もぐもぐ…」
答える気がないのか、明日香からお茶をひったくり食事を再開するちびっ子。
明日香の明るいテンションとは地球がぐるりとひっくり返るくらい対照的で、思わずやる気を削がれるかのような声が俺の前方で明日香の朝飯を食うのに夢中になっていた。
「ねぇねぇ、明日香この卵焼き美味しいねぇ☆んぐ、この味噌汁みたいのすっごく美味しい、コレ何??」
作品名:Wish プロローグ 作家名:秋月かのん