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ニアと魔法のダンボール

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 やはり彼の雰囲気と同じねずみ色をしたそれは、中に何も入っていないというのに膨らんでいた。ニアはその膨らみを「信頼」だと言う。
「君は僕の初めての友達、だからあげるんだ」
 友達、その響きに頬が熱を持つ。ニアは確かに初めて、人に微笑んで見せた。それは余りに意外で、まさかそんな顔をされると思ってもいなかった私は俯くことしか出来ず、その魔法の袋をそっと握り締めてありがとうと呟いた。

 その日から毎晩私とニアはダンボールにまたがり空を駆け巡った。時には遠くの街へ行ったり、海の上でふたつの月を眺めたりもした。それは本当にかけがえのない、楽しい時間だった。教科書はダンボールに乗って飛び回ることができるのだと教えてくれなかったのに、私だけが知っている。高級な車を乗り回している足元の大人もこんなに珍しい乗り物は知らないだろうと、いつの間にか得意気になっていた。私だけが、いつの間にか得意気になっていたのだ。
 そうしていつからだろう、間違いなくひとりでダンボールを乗りこなせるようになった時から、私はニアと秘密の時間を共有することはなくなった。夜中や休日、リビングのこたつから抜け出してくる彼を置いて私はひとり色々な場所へ行った。
「散歩なら、僕も――」
「今日は凄く遠くまで行って来るから、ニアは家でのんびりしてなよ」
 それは彼をこころから思っての言葉だったのか、そう問われると半分は違うという答えになる。
 私は自分が絵本の中の主人公になれたような気がしていた。雲の上を目指して駆け上り、車を追い越すことに躍起になる。今ではニアよりも早くダンボールで飛び回れると過信していた。彼とのんびり景色を眺めるだけでは感動しなくなったのだ。色んなことをしたい。次第に今日は寒いから、なんて彼を気遣う言葉ではなく、買い物に行って来る、友達の所に行って来る、そんな様々な嘘を吐いて私はニアを冷たい玄関に置き去りにした。猫背な彼の背中が丸まっていくのを、私は気にも留めなくなった。
 だから私は、最後に見たニアの表情を覚えてはいない。