ゾディアック 7
形として現れるものは 全てその表現にすぎない
様々な時の景色
様々な形の姿
様々な名前の響き
様々変容しても
同じ光で回りながら 魂は再び語り始める
モーリーが アロマオイルを持って来た。
その香りは 鼻腔の奥深くにまで浸透し・・ 視床下部の松果体を強烈に刺激した
アロマは不思議だ。覚えのない記憶の、遺伝子に眠る匂いを呼び覚ます。
魂の記憶
「 いい香りだね 」
「 マイソールサンダルウッドです。インディアを旅行した時買って来ました 」モーリーが言った
インディア・・ 「 輪廻転生 」生まれ変わり哲学の死生観を持つ国だ
「 この前、マリオンさんが修道士の話しをされたんで、使ってみたくて 」
「 いいね!このオイルを使って一緒にロミロミでもやろっか 」
モーリーは 青い遮光瓶を開け、セサミのキャリアオイルに、サンダルウッドを数滴落とした。
薄暗いカーテンの陰でするその仕草は ヴァイオレットローブの修道士の姿と重なり
一瞬デジャブが起こった。
「 どうですか? 」修道士は私に瓶の口を向けた。
深い香りが、鼻腔の奥まで浸透し、クラクラと・・私を陶酔の世界に誘った。
私は部屋に入ると、服と下着を脱いで 籠の中に放り込んだ。
鏡に映った自分の裸体が アロマランプの灯りに白く浮かび上がって見えた
「 ちょっと太ったかな・・ 」私はシーツの間に滑り込むと、うつ伏せになって寝た。
手足を広げた、ベットの肌触りが心地よい。このまま眠れる・・ そう思った時、ドアの外からモーリーの声がした。
トントン・・
「 準備はいいですか? 」
「 どうぞ 」私は答えた。
風と一緒に、静かな気配が入って来た
オイルを手に取り両手を擦り合わせる音がして、サンダルの濃厚な品の良い香りが部屋に漂う
モーリーは私の肩から腰にかけて しなやかに手を滑らせると、また腰から脇を通って首筋まで戻り
撫でるように優しくエルフラージュを繰り返した。
オイルが肌に浸透し、私の筋肉が緊張を解いて 柔らかく脱力して行くのを感じた。
サンダルに包まれ うつ伏せた微睡みの暗がりの中に、ポウっと小さな明かりが灯って見えた。
その灯りは、揺れながら だんだんこちらに近づいて来て 次第に輪郭がはっきりとした
それは 書斎の灯りだった。
キーーーン・・ 僅かな耳鳴りの音
紫のローブを羽織った、品の良い1人の紳士が机に向かい何か書いていた。
その後ろ姿は、明らかに彼が高位聖職者である事を示していた
鍵のかかった引出しを開け、中から紋章の刺繍が入ったビロードの布を被せた
四角い箱を取り出すと大事そうに抱え、見ている私の身体をすり抜け 急いで部屋を出て行った。
さっきの風の・・静かな気配が、私を吹き抜けた
伏し目がちのローブに隠れた顔は・・ 彼だった
路地裏で瀕死の子供を拾って介抱していた、みすぼらしい修道士。
彼は、高貴な位を持つ聖職者だった。あの姿はカモフラージュだったのか?
私は疑問に思った。彼は秘密ばかりだ!
ヒタヒタと石畳の狭い階段を走り抜け、何処へ急いでいるのか・・
彼は常に目的に向かって一直線に行動し
1ミリの無駄も、一瞬の迷いも無かった。
私の思考による呼びかけにも 一切答えず 沈黙を守っていた。
彼の背中には、静かで孤高な紫のオーラが炎のように大きく燃えていた。
次の瞬間、修道士とは違う男が現れ、盛大な法皇就任の式典がビジョンに見えた。
「 修道士は何処‥? 」私は彼を探した
紫のフラッシュバックが起こり、彼がいた。
彼は、東西教会の司教が集まる公会議に出席していた。
それは、分裂した教会の統合を目指す、彼にとって歴史的な瞬間であった。
生涯の目的
「 彼は人間界に 癒しと平和を齎そうとしていた
鉄の意志を持つ男。 ラファエル・・ 」
「 お疲れさまでしたー 」モーリーの声がして
熱い蒸しタオルで身体のオイルを拭き取っていた。
私は目が覚め
「 あー、気持ち良かった。このオイル最高だね 」
私の身体から、まだ高貴な香りが湯気のように匂いたっていた。
「 あんたの聖職者だった前世が見えたよ。壮大な目的を果たそうとしてた 」
私は起き上がり、ニヤリとしてモーリーを見た。
モーリーの大きな まん丸い目が私を見つめた。
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トントン・・
私がドアをノックすると
「 どうぞー 」中からデカイ声がした。
中へ入ると、乱れたシーツの間から 細くしなやかな肢体が横たわっていた。
それは何処か・・ 神聖な儀式が執り行われる雰囲気を漂わせていた。
私は不思議な錯覚に陥った
「 このサンダルの高貴な香りのせいか・・ 」
私はモーリーの頭の前に立つと、目を閉じて両手を合わせ 静かに深呼吸をした
プーレイ(祈り)を捧げながら 両手をモーリーの身体にかざし、肩、背中、腰、尻、太もも・・と優しく触っていった。
ロミロミとは南海の島に棲むネイティブの言葉で「 揉む・手から伝わる愛」という意味を持つ
かつては王族のみが受ける事が出来た、神聖な儀式だった。
「自然と人間」「肉体と精神」は互いに影響し合っていると考え、始める前には必ずプーレイを行う
心を無にして、自然の恵みに感謝し女神に祈りを捧げた。
キュッキュッ、ボトルからオイルを押し出すと 両手で擦り合わせた、
モーリーの細い肩から腰にかけ 手を滑らせると、また腰から脇を通って首筋まで戻り
撫でるように優しくエルフラージュを繰り返した。
サワサワ・・ サワサワ・・
サワサワ・・ サワサワ・・
優しい風が吹いて来て、私とモーリーの身体を包み込むのを感じた。
風に乗って お香の優しい香りが流れてきた・・
その瞬間、眩しい光と共にフラッシュバックが起こった!
「 いい匂いがするね 」ナアナが言った
「 ほんと、花のような香り・・ 」私も言った
門をくぐると 頭からケープをまとった姿の大きな石像が
私達を出迎え微笑みかけて来た
「 これは・・ ナアナと一緒に女神島の観音寺院に行った時のデジャブだ!! 」
それはまるで古い映画の映像のように、私とモーリーを包む光の風の中に浮かび上がって見えた。
私は呆然とした
「 そうか・・サンダルの香りと女神島の寺院のお香が同じなんだ 」
私の概念は納得しようとした。デジャブの再現は続いた
「 これも観音様?まるで女神のような姿だね 」私が言うと
「 これは南海観音と言って 遠く海を越えて来た異国の・・女神の事だよね。
昔は宗教弾圧で女神信仰を禁じられた時代があったから 観音の名を借りたんだね 」
ナアナが教えてくれた。
寺院の庭は優しい光に溢れ、伽藍に下がった五色の長いリボンが風にはためいて
先に結われた鈴が、チリンチリン・・と美しい音色を奏でていた。
ここでは ゆっくりと時間が流れ、全てが不思議な安らぎの中に包まれていた。
サワサワ・・ サワサワ・・
庭の中央にある大きな桜の枝を風が揺らした。
私達は光の中に立っていた。
寺院の回廊の端に 手を合わせた白い木彫りの観音像が立ち
その正面に闇の戒壇の入り口はあった。