ゾディアック 7
暗い路地裏の石畳に、汚れたボロ雑巾のような黒い小動物が転がっていた。
小雨の中を、裸足のみすぼらしい姿の男が駆け寄り、それを抱き上げた。
「 汚い、もう死んでる・・ 病気が移るからやめとけ 」私は乞食のようなその男に言った。
男は私を無視し、何の迷いも無くそれを抱くと素早く立ち去った。
彼は ヒタヒタと石畳みの道を走り、蔦の生い茂る秘密の木戸を開け地下室へ入って行った。
暗い地下室で 明るいランプの下に浮かび上がったその男の姿は、乞食では無かった。修道士だ。
私は息を飲んだ。先日、ノートルダム大聖堂の側で轢いた あの修道士だった!
静かな目が脳裡にこびり付いて離れない。
修道士は、胸に抱いていたボロ雑巾を木の寝台に寝かせた。
それは、瀕死の小さな子供だった。
私の目から涙が毀れた
彼は 淡々と、濡れた子供の身体を拭き 布で覆い。
薬草の入った沢山の瓶を取り出して来て、彼が作った薬を子供に与えた。
彼の行動には、一瞬の迷いも無く、全てを淡々と黙々行った。
「 マリオンさん、どうしました?痛みますか? 」突然、丸い大きな瞳のモーリーが心配そうに覗きこんでいた。
「 ああ、ごめん、あんたに修道士が見えた・・ みすぼらしい姿で瀕死の子供を助けてたよ 」
モーリーは ポッカーンとしていた。私の目から何故か、涙が止まらなかった。
私でなく、魂が泣いていた。
「 あの瓶にはハーブが入ってるの?子供に手当してた 」私が聞くと
「 修道院には昔、薬学院もあったと聞きます・・ 」とモーリーは答えた。
やはり、モーリーは修道士だった。前世、あのシーシアでフランシス派の修道士として、人道支援をして生きた。
彼女の後ろに、紫のオーラが炎のように揺れていた
まるで修道士が被るバイオレットローブのように。
掴んだ彼女の左手は、とても温かかった。
~ 49 ~
私の目の前に 次々現れる人間は、アセンデットが使う象だ
その象形を通して 可視的な物質世界を超え
無限に広がるイデアを知る。
ここは意識の闇の世界。外に閉じ込められた五感
状態の次元が真実 頭は使ってるだけ・・
モーリーの左手を掴んでいると、私は 穏やかな優しい氣に包まれて行くのを感じた。
懐かしい・・ 木漏れ日の揺れる 湖面の光
胸に 満たされて行く 幸せな日々・・
遥かな遠い記憶が蘇った、魔女と呼ばれていた前世
黒猫と、ナアナの前世の小さな女の子と 森の中で一緒に暮らしていた。
モーリーの左手から感じる氣は、あの時の自分と似てる気がした。
「 あんたは 薬草・・ ハーブやアロマに詳しいの? 」修道士は沢山のハーブの瓶を持っていた。
「 いいえ、別に・・、アロマは一応習いましたけど 」私の唐突な質問に、モーリーは淡々と答えた。
そこへ別のスタッフがドアを開けて入って、手を握り合っている私達を見て 一瞬たじろいだ。
「 あ、あれ・・ お客さん帰られました 」
「 ああ、そう 」私はモーリーの手を放し受付へ出た。
マダムの姿は無く、店の中はシーンと静まり返っていた。
ミクがカーテンの陰で、手を洗っているのが見え、私は側に近寄って声をかけた。
ミクは 一瞬ビクッとしたが、笑顔で穏やかに答えた。
努めて穏やかに振る舞うのは、彼女の一種の防衛反応のように見えた。
「 さっきのマダム、息子に馬を買う話しをしてた? 」幻視を確かめるように聞いてみた
「 いいえ・・ 息子さんの就職が決まったから、車を買われるって仰ってましたよ 」
「 そう・・ 」私はさっき見えたものを ミクには言わなかった。
むしろ 言ってはいけない気がした。
僅か数センチの側にいるミクが、何故かとても遠くに感じ
私達の間に、深い霧がどんどん立ち込めて、姿が見えなくなるような 不思議な感覚だった。
「 ミク・・ 」私は声をかけた。
「 あ、私お昼ご飯食べますね 」ミクは私を遮って、バックに入って行った。
更衣室から声が聞こえて来た。
「 やだー、ミクのお弁当デカ過ぎー!」モーリーがミクをからかっていた。
「 長いですからね、お腹がすくんですよ 」
「 あんたこのお菓子も食べるんでしょー? 」
声がデカ過ぎて、受付の外にも聞こえて来た。たぶん表のエレベーターを待っている客にも・・
私はヒヤヒヤしながら面白かった。店長のミオナが血相変えて飛んで来て、ドアを開けてモーリーに注意した。
「 煩いですよね!モーリー声が大き過ぎなんです!ヒーリングサロンなのに 」プンプンしながら私に言った。
「 本当ね・・ アイツの後ろのヤツとは大違いだ 」私は笑った。
「 え、後ろのヤツ・・? そういえばマリオンさん調子は大丈夫ですか? 」ミオナが聞いた
「 うん、腰は治ったんだけどね。実はさっき・・ 」
私は、ミクとマダムに見えた 幻視の事をミオナに話した。
「 凄いですね!そんな事があるなんて・・ 大戦時代に2人はいたんですね 」
ミオナは疑いもせず 私の話を信じた。そして
「 私もあの時代には特別な思いがあります・・ 祖父の世代なんですけど
王家万歳!て今でも思いますし・・ 」ミオナは言った。
そうだ、ミオナにも さっき軍服姿が見えていた。
ミクやマダムに見えたツイードでなく この国の将校だった
今まで一緒にいても見えなかったのに、いきなり現れたのは
やはり、ミオナも彼女達と何か繋がりがあったのだろうか・・
そう思った瞬間
キーーーン・・
耳鳴りと共に、陽炎のような青いビジョンが ミオナの左肩に現れた
私は目を閉じた。
二十歳前後の若い青年将校だ・・ 彼は若くして亡くなっていた。
爆音が聞こえた
「 飛行機? 」私は呟いた。
「 え?飛行機ですか・・ 私は よく分かりませんが、彼氏は学校出てすぐ航空隊の試験を受けました 」
ミオナが言ったと同時に幻視が消えた。
「 ミオナの彼氏が?飛行機乗り? 」私は聞いた。
「 いえ、視力が悪くて落ちました、それが夢だったのか聞いたら
航空隊になる事は当然のように思っていたそうです。結局 競輪選手になりましたけどね 」
「 そうなんだ、面白いね。ミオナじゃなく彼氏が飛行機乗りを目指してたなんて
私に見えたのは、前世ミオナが飛行機乗りで若くして亡くなってたよ。二十歳くらいで 」
私がそう言うと、ミオナは
「 私、19歳まで自分が男のような気がしてました。小さい時も女子の遊びをした事がありません 」と言った。
私は愕然とした
ミオナは今世、亡くなった前世の続き・・19歳から人生が始まったのだ。
彼氏は おそらくツイン・ソウルで、前世2人は1人の人間だったようだ
あの19歳で逝った青年将校。
ソンナ バカナ・・ アリエナイ・・
ザワザワ・・
私の概念は混乱して騒ぎ始めた
様々な前世が入り乱れて、複雑に絡み合う
ミク、モーリー、ミオナ
望むと望まぬとに関わらず、ヤツラはやって来る
ここでは いつも何かの媒介を通してしか、理解する事が出来ないのだ
「 時は来るもの・・ 」
ガブリエルの声が胸に呼魂し
菱形の光がクルクルと回り始めた。
~ 50 ~
人の本質は魂の記憶だ