小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

らふまにのふ

INDEX|4ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

ピアノ協奏曲 第2番ハ短調




あの日鐘の音を聞いてから、教会の中に入った彼女とはSNSの美術館めぐりコミュニティで知り合った。“みるく”というネームで、コミュニティのオフ会で顔を少し話をし、二人で会うのはあの日が初めてだった。その後、日展を観に一緒に行こうかという話がまとまりかけたが、“みるく”の子どもが病気をして実現しなかった。

“みるく”には、妻が亡くなったことをメールで報せた。“みるく”からお悔やみのメールと、落ち着いたら連絡して下さいという返信があったが、もう会うことはないかもしれないと思った。事情を知る知人に、「しょぼくれているのかと思ったが、元気そうだね」などと言われることもある。私はどこか解放された気分があることはたしかだった。

連れ合いを亡くした時、ひとは心の空洞などと言うが、私には心の重さという気分で、その重さを軽くしようと思ったのか、私は妻の身の回りのものを処分し始めた。比例するように心が少しずつ軽く感じるようになったのは、単に時間の経過かもしれない。その軽くなった部分を悲しさ、寂しさ、人恋しさの混じったような気持ちが覆っている。その気分は兄弟や男の友達では満たされないことも感じていた。

モミジやイチョウの葉が落ちた色の無い風景も自分に相応しいような気がした。時々“みるく”のことを思い出すが、連絡をとることはなかった。SNSの美術館コミュニティもずっと見ていなかった。

発見したことがある。仕事や酒以外で寂しさを紛らわせる一番の方法はゲームであること。少し頭を使うシミュレーションゲーム。テニスやゴルフなど単純なスポーツアクションゲーム。

        *       *        *

いつしか春になっていて、きれいは花々の中を独りで歩くのは、冬の色の無い街を独りで歩くより寂しいものだと感じた。そんな時に、もう会うことは無いだろうと思っていた“みるく”のことを思い出す。

久しぶりに美術館めぐりコミュニティを覗いてみた。このSNSには個人あてに使えるメール機能がある。私あてにメールがきていた。クリックしてみると、“みるく”からだった。2通あった。

古い方から読み出した。

新年だった。新年、おれはいつもと変わらない生活をしていたので、思い出す出来事もない。

『寒中お見舞い申し上げます。まだ心の整理はついていないと思います。心が弱っていると、風邪もひきやすくなります。話し相手にはなれると思いますので、気が向いたらメール下さい。ここのメールなら携帯より文が打ちやすいですしね。とりあえず 元気だよ というメールが欲しいな』

2通目は最近だった。

『このコミュはもう開いていないのかな? 今日、嫌がる息子をつれて近所の桜を観に行きました。もう子供でも大人でもないし、することもない息子は、芝生の上を走っていて、私はぼおっと桜を観ていましたの。何か足りないなあと思いながらね。一緒に桜観たかったなあ。あ、会うのは別にして、ここで話しだけしましょうよ。それなら亡き奥様も許してくれるでしょう?』

私は『元気だよ』とだけ打って送信した。少し顔がにやけていたかもしれない。


それから“みるく”とのメールのやり取りは続いた。携帯でのメールより生々しさが消えて、今の自分にはちょうどいいと思った。少しずつ気持ちが晴れて、寂しさが薄れているのを感じる。それまで、テレビを観て声を出して笑ったことが無かったのに、声を出して笑うことがある。

ある日のメールにはこんなことが書いてあった……

『今日は仕事で嫌なことがあった。だから家に帰ってから一時間もピアノを叩いていた。本体じゃなく鍵盤ですよ(笑)
 結構すっきりするもんだわ。メフィストワルツとか、ボレロとかの曲をね』

私は、最近歌詞の無い音楽を好むようになっていた。独身の時代はジャズだった。澪と知り合った頃は殆ど歌詞のある曲を聴いていた。そして今、クラシックも多く聴いている。そうか、彼女はピアノのある家に住んでいるのかと改めて思った。そして、ああ澪もピアノを弾けるのだった。でも中学の時やめてしまったと言っていた。

「ある日、ピアノを売るからと父に言われたの。うすうす感じてたけれど、経営する会社が危ないことを。ピアノどころか、家も売り払って、父は身を隠してしまったのよ。私と母は母の実家でしばらくすごしたよ。多感な中学時代をね」
色々と苦労はしたようだったが、おっとりとそう語る口調には暗さは無かった。


“みるく”と澪の共通点がピアノのほかに、おっとりとしたしゃべり方と、その割りに気の強い所だなと、自分の好みを再確認する。

メールのやりとりによって、色々なことがわかったし、音楽と絵の好みがかなり近いかった。あの日見に行った美術展は【ポール・デルヴォー】だったし、マグリッドやキリコも好きなようだ。“みるく”はジャズは聴かないが、私がクラシック好きになってるから、話題についていけた。だから、メールに

『ピアノが弾けるのかあ、いいなあ。オレ聴くだけだよ、最近ラフマノノフをよく聴いている。ピアノ協奏曲第2番いいよねえ。』

などと返信したのだった。


作品名:らふまにのふ 作家名:伊達梁川