ゾディアック 4
午後の駅前の広場は、沢山の人で溢れていた。
子連れの夫婦、犬と散歩する老人、待ち合わせの学生・・
その人は 白いセダンで来ると言っていた。車のナンバーは97―68
「 97・・ 9は意識の高さ、7は道のりや 1つのサイクルを示す。
97の意味は、智慧に導く。97-68・・ 智慧に導く時が満ちた 」私の頭は取り留めもなく数秘を遊んでいた。
メリエスが私に紹介したいと言ったその人は、マグデ・マレーナに関わる人物という。
白い大きな車が 私の前で停まり ドアが開いた。
「 マリオンさんですか?こんにちは、私はメリエスさんから紹介頂いた ウリエルです 」
ウリエル?・・ 天使の名前だ。 車に オヤジが乗っていた。ヤバいんかも・・ 私は少し後悔した。
「 どうぞ、お乗り下さい 」オヤジは笑顔で言った。
タバコの臭いが染みついたレトロな車に オペラが流れていた。
「 私に伝えたい事って、何ですか? 」私は鞄を抱え、いつでも飛び降りれるようにした。
「 メリエスさんから、女神島に繋がる女性がいると聞き どうしてもお会いしたくなったのです 」オヤジは爽やかな低音の声で言った。
「 月の女神イシスの神秘を伝承する者 聖女マグデ・マレーナ、私はその遣いです 」オヤジが言った。
「 マグデ・マレーナの遣い? 」私は聞いた。
「 はい、かつて聖地ゴンチャスの巡礼の旅を守っていました。 女神の伝える物とは、一体何だと思いますか? 」オヤジが聞いた。
ゴンチャス巡礼は・・ カヨの前世が見えた時に ナアナが言った言葉だ!
シャロンでラムカが出したタロッシュを思い出した。
女教皇のカード。月の女神イシスの神秘を伝え、物事の隠された側面が現れる。
「 ゴンチャス巡礼って・・ 女神の聖地があった場所ですか? 女神の伝える物て、何なのですか!? 」私はすっかり警戒心も忘れオヤジに食いつた。
「 秘儀参入。ライアを弾くメリエスさんもそうですが・・ 人が音として認識する 美しい振動 ナディアの事です 」オヤジが言った。
「 ナディアが・・ 分かります 」私は目を閉じると、眉間に菱型の光がクルクルと回り始め、後頭部に突きぬけて行った。
キーーーン・・ 身体は振動し浮き上がり、車内に流れるオペラの音楽と一つになった。
「 マリオンさん、あなたも 女神を伝える媒体です。倍音の白い魔法使い 」
「 倍音の・・ 白い魔法使い‥ 」私は繰り返した。ミラーに映った私の瞳は 翠色に揺らめいていた。何故か、懐かしい・・そして 悲しい響きがした。
「 私は、音を言霊として伝える使命を負っています 」オヤジは言った。
「 言霊?」
「 はい、私達は概念を使って思考していますが、本当は音として使っているだけなのです 」
「 思考は・・使っているだけ 」私は繰り返した。
「 言語は、母音と子音に分かれ、それを繋げて 意識の理解出来る、概念的な意味を創り上げていますが
母音だけ、子音だけでは 全く概念的意味は成しません。しかし音として、それは純粋に存在しているのです。
全ての言葉には、スピリットが宿り それを使う時、エネルギーを発しています 」
「 言霊のエネルギー・・ 」私は言った。
「 マリオンさん、あなたに言霊をお教えしましょう 」オヤジはにこやかにほほ笑むと、喫茶店に車を停め
「 ちょっとコーヒーでも飲みましょうか 」と言って車を降りた。
私は再び 警戒心が戻り・・ 油断ならんなこのオヤジ・・ と本能的に思った。
コーヒーを注文すると、オヤジはまっすぐ私を見つめた。
「 ところで、言霊って何なのですか? 」私は ここで無駄な時間を過ごすより、早く知りたかった。
オヤジは 勿体付けるように、テーブルの上に手を組むと ゆっくり話し始めた。
「 ケブラーを 知っていますか? 」
「 ケブラー・・ 何処かで見た・・ 」 私の概念がグルグル追っかけっこを始めた。ミオナの貸してくれたオレンジ色の本だ。
あの数秘の本の表紙に書いてあった!
「 ケブラーって、数秘の事ですか? 」私は聞いた。
オヤジはニッと笑いながら言った。
「 言語は母音と子音に分かれ、それぞれが音を持っています。つまりカウント・・数える音を持っているのです 」
「 すごい!!数秘なんですね!? 」私は思わず、テーブルに身を乗り出した。
突然、オヤジが私の手を握り「 私はあなたの事が好きになってしまいそうだ・・ 」と言った。
固まった・・ やっぱり、ただのエロオヤジだ。
私はオヤジの言葉を無視して言った。「 では、言霊を教えて下さい 」
「 じゃあ、他の落ち着ける場所へ行きましょうか 」エロオヤジは言った。
車に乗ると、オヤジはオペラのような歌を歌いだした。
「 美声ですね、声楽をされてたんですか? 」私は聞いた。
「 いえ、これは言霊の歌です。喉の奥から脊椎を通って、頭蓋骨に振動を響かせます 」
そう言うと、半音階の物悲しい響きのメロディーを、鼻に抜けるような子音と 鳴いてるような母音を伸ばし歌い始めた。
この歌は・・ 何処かで聞いた事がある・・ そうだ、イルカやクジラの鳴く声、まるで猫が鳴いているような声だった。
風が吹いて・・ 水を走らせる・・
子音は風で、母音は水
私達の身体の中を、ナディアが駆け巡る。
駅前に着き、「 あ、ここで降ります。今日はどうもありがとうございました 」私はお礼を言って、すぐに車を降りた。
「 また、連絡をしますね。これを・・ 」オヤジは何か書いてある紙を渡した。
その紙には 何かの象形文字のような記号が描かれていた。
「 象が持つ印も大切です。これを感じておいて下さい 」
そう言うと、オヤジの車は立ち去った。
どっと疲れが戻り 私はベンチに座り込んだ
「 でも、これを諦めるには 惜しい・・ 何か対策を立てなければ 」思い直し、ナアナに電話した。
「 ナアナ、今凄いオヤジに会ったよ! 言霊を操るの・・ 一緒に会ってみない? 」
「 わあ、面白そう!会いたい 」ナアナは喜んで言った。
「 よっしゃ・・ 」私は心の中で呟いた。
~ 31 ~
風が吹いて・・ 水を走らせる・・
子音は風、母音は水
大地に、ナディアが駆け巡る
「 スー・・と行くよ 」彼は私にそう言った
私は背中に摑まり、風になって飛んでいた
地平線に月が昇り 地球がだんだん近付いて来る
「 時は 来るもの・・ 」
光に包まれ
目を開けると、白い身体に触れていた。
そうだ、私は 店でロミロミをしていたのだ。
最近トリップが半端ない「 起きているのか、眠っているのか・・ 」
部屋を出ると、ミオナが言った「 マリオンさん、お客様がいらしてます 」
受付に行くと 男性が立っていた。オヤジだ・・
「 やあ、こんにちは、近くまで来たものだから 」オヤジは笑顔で言った。
「 ・・ いらっしゃいませ。コースはお決まりですか? 」私は淡々と無表情に答えた
「 そうだな、リフレでもしてもらおうかな 」
椅子に案内して、フットバスに足を漬けた。
様子を見ていたカヨが言った「 マリオンさん、大丈夫ですか?ストーカーとか・・? 」