ゾディアック 3
以前見た、カヨの前世だ。映画のワンシーンを見ているようだった・・
あの時 カヨは戻れなかった。
映像は、風に揺れるひまわり畑を頭上に、地面から空を仰いでいるシーンに変わった
青い空のずっと高い所を、一羽の鳶が円を描いて飛んでいるのが見えた
薄い雲が流れ・・ 乾いた風が 黄色いひまわりを大きく揺らしていた
まるでスローモーションのように・・ 全ての景色がゆっくりと見えた
もう痛みは感じなかった・・ カラカラに乾いた喉の奥から・・ 呟いた
「 ・・・ 」聞き取れない声で・・ 女の名前だった
首を横に向けると、消えて行く視線の先には、蜃気楼に揺れる・・
馬に乗って立ち去る1人の騎士の後ろ姿が 遠く見えた。
視点はぐるりと大きく目が回り・・ そして真っ暗になった。
ザワワ・・ ザワワ・・ 風の音だけが 最後まで、小さく耳に残っていた・・
気が付くと、私の目から涙がこぼれていた。
あれは、聖堂騎士だったカヨの前世の最期の瞬間だ
「 あんたの前世が見えたよ。ひまわり畑で野垂れ死んでた・・ 」
カヨは膝に顔を埋ずめたまま泣いて 返事しなかった
カヨの頭上に また青い光がスパークした、
今度は違う画像が浮かび上がってきた・・ 若い 修道女姿の女だった
小さなクロスをしっかりと胸に握りしめ 震えながら頻りに何かを呟いていた
彼女は 牢獄に閉じ込められていた。
「 あの人は帰って来る・・ 約束を・・ きっと・・ 私を助けに・・帰って来る・・
マリーナ!マリーナ! 」
マリーナ・・? 聖女マグデ・マリーナの事か?
彼女は女神を信仰していた・・ これはカヨの彼氏の前世だ。修道女だった
牢獄には 10人程、修道女ばかりが入っていた。皆で肩を寄せ合い 祈りの言葉を囁き合っていた。
震えながら、中には泣いている者の姿もあった
昔は宗教弾圧で女神信仰を禁じられた時代があったと聞いた事がある・・
突然、牢の扉が開き 兵士が2人入って来た。
荒々しく 修道女の腕を掴むと、他の修道女の嘆願と泣き叫ぶ悲鳴の中を、外に連れ出されて行った。
修道女は 砦のような城壁の見える中庭に 引きづり出され、改信の言葉を要求された。
「 おまえがしているのは 悪魔の信仰だ! 」
「 さっさと悔い改めろ!」「おまえは悪魔だ! 」
兵士は蹴ったり、持っていた槍の柄で殴ったりしながら、彼女に罵声を浴びせかけた
修道女は地面にひれ伏し、ぶるぶると震えながら、一心不乱に何かを唱えていた・・
1人の兵士の 槍の柄が腹に食い込み、修道女は血を吐いた
「 ・・・!助けて・・ 」彼女は思わず、騎士の名を口にした。
泥と血に塗れて泣き叫んだ
「 ・・・!・・・!・・・!助けて!・・・!! 」
兵士達は笑いながら「 コイツを見たか!修道女のくせに男の名を叫んだぞ! 」「 やっぱり悪魔だ!売女め!! 」
男達は何度も殴る蹴るの暴行の末、最期に
「 おまえの男も悪魔だ!助けになど来るものか、お前は地獄行きだ!! 」罵り唾を吐きかけ 次々に槍や剣で修道女を突き刺していった。
遠く・・高い空の上を、鳶が輪を描きながら飛んでいた
あまりに壮絶な恐ろしい光景に、私はその場に倒れ込んだ
体中が激痛に襲われ 汗が全身から噴き出すのを感じた
バクバクバクバク!心臓が張り裂けそうで、息も出来ない程苦しく「あああ・・!!」呻き声を上げた
カヨが驚いて、私を抱き起した「 マ、マリオンさん!!大丈夫ですか!?突然どうしたんですか!? 」
汗と涙でぐちゃぐちゃになった私の顔をカヨが手で支えた。
「 ・・マリオンさん、口元から血が 」
右手で唇を触ってみると、指に血が付いた。
カヨの彼氏が修道女だった前世を 私も追体験していた。
「 あんたの彼氏が、戻れない理由が解った・・ 」
血を拭いながら、カヨに言った。
「 大丈夫だよ・・ あんた達はきっと戻れる 」
呆然と見つめるカヨに、私はニヤリとして言った。
~ 19 ~
人は何故、最期の断末魔に縛られるのだろう・・
人生の大半を 愛と希望に溢れて過ごしながら
たった一瞬の絶望と死の苦しみに囚われて逝く
それ程までに、肉体と意識に焼き付けられたマインドは
時を超え・・ 来世に持ち越される カルマとなる
意識は分からないを嫌う
前世を知らない 今の自我が、本来の美しい魂の自分に出逢う為には
最期にそれを葬り去った 恐怖のマインドと
もう一度、対面しなければならない。
ここは意識の闇の世界
眠っている墓を暴く者は・・ 私だ。
もう一度、本当のおまえと出逢う為に
おまえの闇につきあう・・
ダルマとして
我が名は ルシフェル
光をもたらす者
人は私を悪魔と呼ぶ。
「 マリオンさん、私はどうすればいいのですか? 」カヨが聞いた
「 あんたは彼氏に言うんだ、 私の愛は絶対に変わらない。
どんなに離れていても、どんなに時が過ぎようとも、私の愛は永遠にあなたを愛している。と 」私は言った
「 ・・愛が永遠に愛してる?おかしな言い方ですね・・ 」カヨが言った
「 そうだよ、あんたが使ってるその概念は、アイシテルが使ってるだけだ
私が永遠に私をしている、と同じ事さ 」私は言った。
「 ・・??? 」カヨは混乱していた
「 まあいいよ、分かんなくても 状態は分かってるからね 」私の言葉に ますますカヨは考え込んでいた・・
「 とにかく、そう彼氏に言って、待つんだ。 彼氏はきっと戻って来る。それまで絶対に カヨから連絡したらダメだよ! 」私は強く念押しした。
「 ・・自信ないです・・また連絡してしまいそうで・・ 」
「 あんたが連絡すると、何故なんだ?とか、どうして解ってくれないの?とか彼氏を責めたり 泣きすがったりするだろ? 」私は言った
「 そんなのは あんた自身が自分の弱さに負けたエゴなんだよ。愛じゃない! 」
「 ・・そうか・・私がまず自分に勝たなくちゃいけないんですね!分かりました、マリオンさん。
アイシテル・・アイシテル・・私が私をしてる!んですね! 」
「 そうだよ、カヨなら出来る!聖堂騎士だったカヨは、いつも心に誓ってたからね。あんたの心は、前世 修道女だった 今の彼氏さ 」
「 ・・でも、どれくらい待てばいいんでしょうか・・? 」また自信なげに聞いて来た
「 3か月か・・半年か・・いい?絶対連絡したらダメだよ! 」私は苛立ちながら言った
カヨが彼氏に最後に会ったのは、それから間もなくクリスマスも近い 寒い冬至の夜だった。
「 私の愛は 絶対に変わらないよ。どんなに離れていても、どんなに時が過ぎようとも、私の愛は永遠にあなたを愛してるから・・ 」
そう言って泣きじゃくるカヨに、彼氏は 言ったそうだ
「 別れじゃない これは出会いだ・・。君の為に僕はもっと強くなるよ。 運命ならまた巡り逢える・・ ここからは1人で帰る・・ 」
立ち去る彼氏を ずっと動かず見送るカヨに、 彼は曲がり角で一度振り向いて、大きく手を振ったそうだ。それが最後だった・・
あれから半年・・ カヨは彼氏と音信不通になり すっかりやつれ果てていた。
しかし彼女は必死に耐えていた