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鐘の鳴るとき

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第二章


その後、2回電話をかけたがやはり回線は混んでいて聞かされるのは「ただいま回線が混みあっております。しばらくしてからおかけなおしください。」という録音された女の声だけだった。

3回目の電話を終えると、この予想外の結果への失望と自分の滑稽さに『もうどうでもいい。』という気持ちになりこれ以上電話をかけることをやめた。

そしてベッドの上に横たわるとただただ白い天井を見つめた。


窓の外は沈みかけた夕陽でオレンジ色に染まりかけていた。

僕は声への欲求と苛立ちを処理出来ないままベッドの上で横になったり座ったりを繰り返していた。

そんな状況に耐えられなくなり外に出ることに決めた。酒を買いにいくのだ。

今日は1人で飲んで飲んで飲みまくってやると自棄気味に決意すると、黒いロングコートを着て久方ぶりの外に出た。


伏目がちに通りを歩きながら酒の売っているコンビニを目指す。

たまにすれ違う人々の顔は、大晦日だからだろうか、自分が惨めだろうか、いつもに比べて柔和で幸せそうに見える。

オレンジ色のグラデーションを描き沈む美しい夕陽が自分の惨めさをいっそう際立たせていた。

「世界はこんなにも美しいのに、なぜ自分の心はこんなにも暗く淀み沈んでいるのか。」そんな言葉が頭の中に浮かんだ。


コンビニに入るとビールを3缶とワインを2本、それにつまみとしてビーフジャーキーやスナック菓子その他諸々を籠の中に入れた。

そしてレジ前のおでんコーナーに行くとおでんの容器に大根とか卵とか自分の好きな具を入れていく。

具を全部入れたら籠と一緒に持ってレジに行く。

高校生ぐらいの若い女性の店員が「いらっしゃいませ。」と笑顔で言うとスキャンで商品を読み込んでは袋に詰めていく。

すべてを袋に詰め終わり割り箸を取り出すと店員は「お箸は何膳お付けになりますか?」と聞いた。

僕は突然の質問に戸惑いながら「にっ、にぜんお願いします。」と言い目を伏せた。

心の中では『なんで2膳なんだよ、1人で食べるんだから1膳でいいだろ。』と非難とも自嘲ともいえる声が聞こえてくる。

つまらないプライド、何の花も咲かせない小さな種、そして一層募る惨めさが久しぶりに人と会話したという高揚を打ち消していった。

お釣りと商品が詰まった袋を受け取ると逃げるように店を出た。

惨めさに加えて「あの店員は不審に思っていなかっただろうか?」という妄想が足取りを余計に加速させる。


コンビニを出て歩いた先の通り沿いには小さなファミレスが店を構えていた。

僕はその横をおでんとお酒が入った袋を両手に抱えて歩いていた。

横目でファミレスの中を覗いてみる。

すると硬質なガラスウィンドウ越しに、明るく暖かそうな店内で色鮮やかなハ ンバーグやパスタを食べる家族の姿が見えた。

小さな子供がおぼつかない手でフォークを使ってハンバーグを食べていて、それを若い父親と母親が優しい笑顔で見守っている。

そのガラス窓の向こうには自分が持っていないすべてがあった。

手に入らない世界に対する強烈な嫉妬や憎悪が燃え上がり、そしてそれはやがて悲しみへと変わった。

僕はそんな行き場のない悲しみを抱えてファミレスの前を通り過ぎていった。


家へと帰る路を辿りながら、再び白い壁と白い天井に囲まれたあの静かな白い部屋に帰るのが嫌になってきた。

かといって行き場のない悲しみと同じく僕自身にも行き場所なんてなかった。

家に帰るのを止めて、僕はおでんとお酒の袋を抱えて風の冷たい街を彷徨い始めた。
作品名:鐘の鳴るとき 作家名:むちまる