ゾディアック
「 わー!本当に最高だね!私もここに泊りたいわ 」ナアナも窓を開いて言った。
コミュウの部屋は 女神島の正面から観える対岸の景色を一望できた。
「 やあ、よく来たね 」その時コミュウのお父さんが部屋に入って来た。
小柄な身体で笑顔がとても親しみ易い 感じの良いおじさんだった
「 女神島はもう何千年も昔から人々に神の島と崇められ 色んな伝説があるんじゃ。
ヤタカラスの神話は知っているかね?
天界から女神がこの島に降臨した時 地上界はまだ真っ暗闇だったんじゃ。
そこで天の遣いのヤタカラスが先に飛んで 女神の鎮座する場所を教えたんじゃ 」
神話 寓話的な話を真実の話として聞く・・コミュウに初め出会った時に聞こえた言葉だ。
やはりこの島には何かある!
私とナアナに起こっている不可解な現象の答えが見つかるかもしれない!
「 ヤタカラスは どんな暗い闇の中でもいち速く飛んで、行く先を導くんじゃよ 」コミュウのお父さんは続けた。
「 どんな闇の中も・・? どんなに見えない意識の闇の中も 概念に摑まらずに導く・・ 」私は呟いた。
この島に来て耳鳴りが薄れているのを感じていた。
「 では 相撲の神話とはどんな話なんですか? 」私はお父さんに聞いた。
「 おお、相撲大会は先日この島でも初めて行われとったな。
相撲の神話は 天界の女神が地上界も治める事になった時
女神が地上界の神に使者を送ったんじゃ。
しかし何回送っても、使者は全てを忘れてしまい 使命を果たせないでいた。
そしてついに女神は雷の天使を送ったんじゃ 」
「 雷の天使?すごく強そうですね 」ナアナが笑った。
「 そうじゃ、雷の天使は 地上界で一番強い戦士が相手をしても
その光が触れただけで、一瞬にして地上界の戦士の身体は粉々に砕け散った。
その戦いが相撲の始まりの神話というわけじゃ 」
「 つまり・・ 異なる次元世界が領域をめぐる争いの話しですね 」私は言った。
「 天界の女神が勝ったんですか? 」ナアナが聞いた。
「 うむ、それで地上界の神は 仕方なく女神に地上を譲ったんじゃ。国譲りの神話と云われとる 」
「 神話や寓話には それに籠められた真実が隠されているんです 」コミュウが続けた
「 お父さんは そんな昔話を解説した本も出版してるんですよ。まだ誰にも信じてもらえてませんけど・・ 」
「 凄いですね!!私は信じますよ 」私はコミュウとお父さんに言った
人が不可解に思える事は まだ誰も知らないだけなのかもしれない・・
私達に今起こっていることは、この現象界にまだはっきりと見えないけれど
深い場所では 確実に現れ始めているのだ。
あの相撲大会の日 女神島でナアナがメネトーナに導かれ聖木に出逢った
そして私にセラピー中現れた天使アリエルの言葉が蘇った
見ようとしてはいけない・・
顕在はひとつの魔法 目に映るものは幻。どんなに姿を変えても、大切なものがそこに隠されている
私とナアナは コミュウとお父さんにお礼を言って別れ
観音の寺院を目指した。
あの月食の日から始まった 私達を見えない先へと導く者にやっと出逢える!そんな気がした
ドクン!ドクン!ドクン!胸の鼓動はますます高鳴った・・
その時 私達の目の前を 黒いカラスが一羽飛び立った。
~ 4 ~
コミュウの家を出ると すぐ脇に参道があった。
女神島の山手に向かって参道を上ると 太陽を背に眩しくて目が眩んだ
石畳の照り返す光の中に 銀色に煌めく寺院が浮かんで見えた。
そちらから 風が吹いてくる
サワサワサワ・・ 囁き声がした
「 あ、鹿だよマリオン!可愛いい 」
見ると参道の真ん中から、こちらをじっと見ている鹿がいた。
「 鹿は神様の遣いなんだよね。私達を迎えに来てくれたのかな 」
そう言うとナアナは鹿に駆け寄った。
「 この鹿 片目だよ!怪我したんだ。可哀そうに 」
片目の鹿は ナアナに頭を撫でられると、風を感じたように
鼻をフンフンと上に向け 寺院の裏山に帰って行った。
寺院の門には両脇に仁王が立ち 私達を睨んで見下ろしていた。
門を抜けると、逆光で眩しい石段が上へと長く続き その一番上にはまた門があった。
石段の手すりには幾つも筒状の車輪が付いており 触りながら上るとカラカラと音を立てて回った。
「 これ何だろう?面白いね 」私が言うと
「 この筒の中には教典が入れてあってね、筒を回転させると教典を読んだのと同じ功徳があるんだって。
この前取材した時言ってた 」ナアナが言った。
私達はカラカラ車輪を回しながら 逆光に輝く眩しい石段を
一歩一歩 上の門へと登って行った。
上から吹いてくる風が、私達をすり抜けて行く
サワサワサワ・・ サワサワサワ・・
「 声が聞こえる・・ 泣いてるの? 歌ってるのかな 」ナアナが言った
ナアナにも囁き声が聞こえているのだ。
「 うん、お経みたいな歌声だね 」私も言った
囁き声のする方に 私はふと脇に目をやり ギョッとした。
何百体もの石像が石段脇の 暗い木立の中に整然と並んでいた。
その形相は様々に顔を歪めた喜怒哀楽の表情を浮かべ
頻りに何かを唱えていた
ボーデー ボーデー・・ ハーラー ボーデー
ボーデー ボーデー・・ ハーラー ボーデー
「 この石像達はアルハンていう悟りを開こうとしてる石仏なんだって。
でもボーデーボーデー・・ て何て言ってるんだろうね? 」ナアナが言った。
同時に上から強い風が吹いて来て、高音の振動のさざ波が私達を襲った
旋風となって周りの木立を一斉に巻き上げざわめき立たせた。
ザワザワザワー・・
「 煩悩即菩提 喜びも悲しみも味わい尽くせ・・ 」私が言った。
「 感情は判断するものでなく味わうもの。味わい尽くす人間の人生自体が菩提 」正確には私の口から誰かが言った
「 菩提てボディと同じ音してる・・ボディて人間の身体だよね 」ナアナが言った。
「 そう・・ 私達は人間というこの形態に閉じ込められているスピリット。
煩悩を生む外刺激の五感世界に閉じ込められた・・ 」
「 煩悩が即菩提て、悟ってなくても悟ってるって事?? 」ナアナが聞いた。
「 意識が分かっていなくても 私達の本質は分かってるって状態で存在している。
意識のやることなど、全てその道のりに過ぎないのだから・・ 」
私の口が喋ると同時に、頭の中では思考がまた追っ駆けっこを始めた。
グルグルグルグル・・私の中のまともさが今起こっている事を常識で捕まえ、何とか理解してやろうと戦っている。
全身メタリックの冷徹な女が 私に飛び掛り剣を振り下ろして来た・・
私の意識は耐えきれず、否定と肯定を繰り返し マインドの闇の奥に自分を閉じ込めようとした。
ギャーーー!気が遠くなりかけた その瞬間ここに来る船中で見た夢が再び蘇った・・
「 昔女の子がいたの その子は怯える事を教えられて育った・・
太陽は怖いものだと、太陽は敵でいつか太陽に傷つけられると
だから晴れた日に外で遊ぶのを怖がったとしても
その子のせいじゃない・・ 人は変わることなどできないわ 」
「 僕は君の瞳に太陽を見た その輝きは今でもあるよ