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忠犬たる死刑囚

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帝有国の首都ルール。

中央駅から東に行った所に旧英ラーカシャービルがある。


「ちょい、隊長さん。これは何の奇跡?幻覚?冗談です?」


「現実だ」


その2F、警備会社デクナ事務所。

結城将太は負の数値が書かれた給与明細を上司に見せつけながら、わなわなと肩を震わせていた。

給与明細を眼前に差し出されたガーシャ隊長はというと、動じることもなく、いつもの光景を見るかのように将太を見るだけ。


「あのですね、隊長。この世のどこに、振り込まれる給与の額が借金残高になる奴がいるんです。連れてきてくれ、今すぐに!」


「当然だろうが」


ガーシャは紙杯に入った水道水を一口だけ飲むと、溜息混じりで眼前の給与明細を振り払った。

給与明細はひらひらと舞い、皮肉にも将太の膝の上に着地。


どこまでも腹の立つ給与明細だな、くそっ。


嫌過ぎる偶然に将太の眉間の皺が深まる。


「あのな、将太。お前達の仕事は皇子の救出だったはずだろ」


そんな将太の気分など知る訳もなく、ガーシャが机を指で叩きながら、口を開き始めた。


「だから、無傷で救出したでしょう」


「建物破壊と犯人の一掃は頼んでいない」


「…………」


じっとりとガーシャに睨まれ、将太はふ、と視線を逸らした。


「あの建物は一応国が管理してるものでな。それと、今回の犯人は、幹部が政府と一枚噛んでるんだよ。誘拐騒動は下っ端の勝手な行動」


将太の行為の意図を勿論知って、尚ガーシャは話を続ける。


「お前等の実力なら内密に皇子の奪還はできただろうが、春燕(チュンヤン)の専門だろ」


ガーシャの言葉を受け、ふいと視線を部屋の隅にいる春燕に向ければ、当の本人はお気に入りのクマのぬいぐるみリュックを抱きかかえ、爆睡している。


この子どもは…人が金銭やりくりしてるってのによ…。
俺はこの会社の専業主婦じゃねぇってんだ。


睨んだところで春燕が目覚めることはない。

己の無意味な行為の虚しさに気付き、将太は何回目になるか分からない溜息を零した。


「いやね、俺も穏便に事を進めよう努めましたよ、一応。でも相手がそうはいかなっかったんですよ」


「へぇ、お前の口をもってしてもか。どう交渉しようとしたんだ」


「それは「正面玄関からピンポーン♪」…シオンお前黙れ」


こうなれば、何とか言いくるめるしかないと、将太が言い訳を構想しつつある時。

今の状況からは最もあってほしくない真実が将太の背後、いつの間にか帰ってきて立っていたシオンの口から吐き出され、将太は軽く眩暈を感じた。


ああ、もう、何で俺はこんな奴等と会社やってるんだろう…。


考えたところで無駄な思いが過ぎる。今に始まったことでもないが。


「Dalalaladaddalaー♪」


頭を本格的に抱えた将太を気にする訳でもなく、シオンはそのまま、ヘッドフォンから重低音を漏らしつつ、謎のメロディーを口ずさみ、自分の机へと向かった。


「ほう、正面玄関からか。どんなご挨拶をしたんだ、将太?」


にやにやと嫌な笑みを浮かべるガーシャに、構想途中の言い訳が音を立てて崩れ去るのが将太には分かった。


「そりゃもう正直に、皇子のお迎えにあがりましたー!…って言いましたよ。ええ、言いましたよ」


最早ヤケである。


「そりゃ大層ご丁寧なお出迎えだったろうな」


「嬉しすぎて涙が出そうな程にね」


まぁ、久々に銃を思う存分扱えたシオンは本当に嬉しかったのだろうが。

苛ついた声色で笑顔を浮かべる将太に、ガーシャは満足にたように笑うと、「さて、俺に何か言うことは他にあるのか?」と尋ねる。


………嫌味なジジイ。


心中悪態を突きながらも将太も負けじとにこりと微笑み返す。


「まあまあ、ガーシャ隊長。かの独立革命で有名な故人ルディアも力を持って人を制すことも時に必要だと言ってるじゃないですか」


「ルディアは非権力論者、無血革命で有名な学者、しかも存命中だろうが。さて、俺は戻るぞ」


精一杯の将太の反抗を鼻で笑い、ガーシャは残りの紙杯に入った水道水を飲みほして席を立つ。

腰に下げている様々な称号の宝石がじゃらりと音を立てた。


おうおう、さっさと帰れ、クソ上司。


ガーシャが立ち上がる一部始終を見てから将太も立ち上がり、扉を開ける。

そこは悲しいが、部下の習性なのだ。

暗に早く帰れと催促をする将太だが、その思いとは裏腹ににガーシャは、今までの声色よりも低く言葉を発した。


「将太、最後に一つ確認するが」


「はい?」


「あの場にいた奴等全員を殺しただけで、その建物の物には一切触れなかったんだな?」


「ええ」


「持ち出してもないんだな?」


「持ち出した方がよかったですか?それとも」


将太がにやりと妖艶な笑みを浮かべる。

今までの愛想笑いとは全く違う、人の何かを誘うような笑み。


「持ち出されて困るものでもあったのですか?」


「………いいや」


将太の笑みにぞくりと身体の芯が震えるのを感じたガーシャは逃げるように将太から視線を外すと、空になった紙杯を屑箱へと入れる。


「お帰りは気をつけて」


「ああ…あ、そうだ」


扉を通り抜け、何か思い出したようにガーシャは肩越しに振り向く。


「何か?」


「この事務所は客に茶も出せないのか」


「水道が通ってるだけマシなんだよ、政府の経理部に部下の仕事環境の光熱費の値上げくらいしろと言っておけ、このクソジジイ」


今日一番のにっこりと愛想を乗せた営業用笑顔を将太はすると、ビル全体に響き渡る程の大音量で事務所の扉が閉まったのだった。



作品名:忠犬たる死刑囚 作家名:嘘着