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忠犬たる死刑囚

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縛られた手首がひりひりと痛む。

猿轡で呼吸は困難、かつ中途半端に開かれた口からは口内を乾かさまいと唾液が分泌され続けるため、酷く不愉快な感触と唾液の臭いが時折鼻につき、不快。

帝有国第二皇太子であるオウリは不快な感覚に顔を顰めた。
母親譲りの可愛らしい顔つきが歪む。


「皇子様、そんな顔しないでくださいよ。用が済めばすぐに解放しますから」


東国を真似て作られたらしき畳部屋にはどう考えても健全に社会貢献をしているとは思えない男達が自分の周りや目の前にいる。

彼等の言う「解放」は何を意図しているのか。

考えたくもない。

作られた困り笑顔を向ける、先程話しかけてきた男にオウリは特に反応を返すこともなく、目を閉じた。

ごうごうと換気扇の音だけが聞こえる。

否、換気扇の音に微かな喧騒さが入り混じって、それは次第に大きく、大きく。

【だらららららららららららっ!!】

大きくなったところか、その喧騒さは目の前で最大音量となった。

驚き、目を開くと、目の前の襖が無数の穴だらけになっており、その前にいた男がゆっくりと倒れてくる。

そこに更に追い打ちをかけるかのように、穴だらけの襖が何者かに蹴り倒され、倒れてきた男は襖に押し潰された。


「何者…【だららららららららっ】」


他の男達もすぐさま臨時大勢になろうとするが、それ以前。

倒れた襖の先からは無数の弾丸。

飛び散る血液がオウリの白い肌を汚す。

落ちた空薬莢は下が畳なため、涼し気な音は立てずに物理的な物音を立てただけ。

むせ返る鉄の臭いと硝煙の臭い。


「はいはい、通した通した」


茫然とするオウリの目の前。

襖と男を踏み倒して入ってきたのは全身真っ黒はスーツの男。

続けてヘッドフォンを付けたままマシンガンを抱えている男。

そして、10、11歳ほどの少年だった。


「貴方がオウリ様かな?」


スーツ姿の男が屈み、オウリの猿轡を外す。

久々の新鮮な外気が入り込んだが、環境がそれを好ましいものだとは思わせなかった。

男の問いにオウリは答えることなく、ただ男の目を見据える。

恐怖心もあったが、今まで自分の周囲にいた男達よりも遥かに凶悪な雰囲気、行為から警戒していた。


「…ま、聞くまでもないんだけど」


黙るオウリに小さく溜息を突き、男はゆっくりと微笑む。


「……っ」


どこか妖艶なその微笑みに肌が軽く泡立った。


「金、金、金」


少年特有の可愛らしい高音声が聞こえ、オウリはそこでやっと男の微笑みに見入っていたことに気がついた。

誤魔化しを含め、視線を少年の方に動かすと、男と一緒にいた少年が、死体の上をまるで川にある石渡りをする子どもの様にピョンピョンと踏みつけ、金庫へと向かっていた。

そして、少年は金庫の前にしゃがみ込み、がちゃがちゃと弄る。

すぐに金庫は音を立てて開いた。


「おー、すんなり中に入れてくれなかったことに対する俺達への慰謝料だ。全部持っていけ」


「了解」


スーツ姿の男の指示に、少年は背負っていたクマのぬいぐるみ…のリュックへと金庫にあるものをぎゅうぎゅうと入れていく。

慰謝料って…。

どう考えてもこれは強盗にしか見えない。

驚き半分、呆れ半分で言葉を失っていると、スーツ姿の男はもう一人のヘッドフォンの男に何やら話す。

次の瞬間。


「うわぁ!?」


オウリはヘッドフォンの男の肩に担がれた。


「なっ、何なんですか!?貴方方は!?」


思わず大声で尋ねると、スーツ姿の男がニコリとし、仰々しくお辞儀をする。


「皇帝勅令で誘拐された皇子様を救出に来ました、正義の英雄です」


「……………」


この場を第三者が見たのならば。

確実にこの3人は悪役だ。

オウリは語尾に好印象を示す記号が付きそうに言う男の言葉に、冷静にそう思ったのだった。




act.1 英雄は罪人


作品名:忠犬たる死刑囚 作家名:嘘着